楡の家(堀辰雄)のあらすじ・登場人物
母が娘に遺した山の家の日記
- 家族
- 心理
- 文字数
- 30,995字
- 読了目安
- 約1時間2分
- 表記
- 新字新仮名
- 種別
- 小説
- 舞台
- 長野県
この作品について
堀辰雄の中編で、長編『菜穂子』の序曲にあたる作品。全編が、夫を亡くした三村夫人が娘の菜穂子に宛てて書く日記の形をとり、最後に菜穂子自身の追記が添えられる。浅間山麓の古い宿場だったO村に、夫人は大きな楡の木のある山小屋を買い、夏ごとに子どもたちと過ごしてきた。ある夏、近くのK村で知名の作家・森於菟彦と知り合ったことが、母と娘のあいだに目に見えない影を落としていく。いつか娘に読まれることを願って綴られる母の告白と、それを拒みながらも受け止める娘の視線が重なり、互いに似ていながら理解し合えない母と娘の心の距離が、高原の季節の移ろいとともに静かに描き出される。
あらすじ
一九二六年九月、浅間山麓のO村の山小屋で、三村夫人は娘の菜穂子に宛てて日記を書きはじめる。近ごろ口をきこうとしない娘に、自分が死んだあといつか読んでほしいと願って。夫に先立たれた夫人は、夫が好んだO村に大きな楡の木のある山小屋を買い、息子の征雄と菜穂子を連れて夏を過ごすようになった。征雄が医者となったころの夏、隣のK村のホテルで、夫人は五つ六つ年下の才気あふれる作家・森於菟彦と知り合う。森は一人で山小屋を訪ね、夕立のあと、村はずれで夫人と並んで虹を仰いだ。菜穂子はホテルに森を訪ね、何か気まずい思いをして帰ってくる。翌年の冬、森から年上の女に宛てた恋愛詩の切り抜きが届き、夫人はそれが自分に宛てられたものかもしれないと気づいて動揺し、娘がそれを読んだのではないかと怯えて部屋に閉じこもる。夏、憔悴した森がふたたびO村を訪れ、菜穂子は思いがけず大人びた様子で相手をする。森は去り、その秋のある夜、夫人は窓辺で自分とそっくりな姿で物思う娘を見て、娘の苦しみを悟る。第二部は二年後。森は北京で孤独に病死し、その知らせに夫人は最初の胸の発作を覚えていた。娘とすれ違ったまま夏を過ごした夫人は、日記を焼こうとして果たせない。その数日後、突然やって来た菜穂子と暖炉の前で夜更けまで語り合い、夫人は森との関係が何でもなかったことを告げるが、娘は森のような天才を敬遠したいと答えた。明け方、菜穂子は母の反対する縁談をすでに承諾したと言い放つ。娘を諌めようと楡の木の下のベンチで待つ夫人を、激しい発作が襲った。一年後、日記の続きを書いている最中に夫人は再び倒れ、帰らぬ人となる。母の意に反して結婚していた菜穂子は、のちにこの日記を読み、反発と抗いがたい同化の念を抱いたまま、それを楡の木の下に埋めることを思い立つ。
登場人物
- 三村夫人 日記の書き手。夫を亡くし、O村の山小屋で夏を過ごす。森於菟彦に思いを寄せられる
- 菜穂子 三村夫人の娘。気が強く理性的で、母を避けるようになる
- 征雄 菜穂子の兄。大学の医科を出て医者となる
- 森於菟彦 知名の作家。三村夫人より年下で、O村を訪れて夫人に惹かれる
- 明 O村の隣の別荘の青年。早くに両親を亡くし、菜穂子に好意を寄せる
- おようさん O村の本陣の女主人。病身の一人娘を抱えて暮らす
冒頭部(原文より)
一九二六年九月七日、O村にて 菜穂子、 私はこの日記をお前にいつか読んで貰うために書いておこうと思う。私が死んでから何年か立って、どうしたのかこの頃ちっとも私と口を利こうとはしないお前にも、もっと打ちとけて話しておけばよかったろうと思う時が来るだろう。そんな折のために、この日記を書いておいてやりたいのだ。そういう折に思いがけなくこの日記がお前の手に入るようにさせたいものだが、――そう、私はこれを書き上げたら、この山の家の中の何処か人目につかないところに隠して置いてやろう。……数年間秋深くなるまでいつも私が一人で居残っていたこの家に、お前はいつかお前の故に私の苦しんでいた姿をなつかしむために、しばらくの日を過しに来るようなことがあるかも知れぬ。その時までこの山の家が私の生きていた頃とそっくりそのままになっていてくれると好いが。……そうしてお前は私が好んでそこで本を読んだり編物をしたりしていた楡の木陰の腰掛けに私と同じように腰を下ろしたり、又、冷えびえとする夜の数時間を暖炉の前でぼんやり過したりする。そういうような日々の或る夜、お前は何気なく私の使っていた二階の部屋にはいって行って、ふとその一隅に、この日記を見つける。……若しかそんな折だったら、お前は私を自分の母としてばかりではなしに、過失もあった一個の人間として見直してくれ、私をその人間らしい過失のゆえに一層愛してくれそうな気もするのだ。
「楡の家」堀辰雄(青空文庫)
末尾部(原文より)
しかし気がついてみると、私はこの日記を手にしたまま、いつか知らず識らずのうちに、一昨年の秋の或る朝、母がそこに腰かけて私を待ちながら最初の発作に襲われた、大きな楡の木の下に来ていた。いまはまだ春先で、その楡の木はすっかり葉を失っていた。ただそのときの丸木の腰かけだけが半ば毀れながらまだ元の場所に残っていた。 私がその半ば毀れた母の腰かけを認めた瞬間であった。この日記読了後の一種説明しがたい母への同化、それ故にこそ又同時にそれに対する殆ど嫌悪にさえ近いものが、突然私の手にしていた日記をそのままその楡の木の下に埋めることを私に思い立たせた。……
「楡の家」堀辰雄(青空文庫)
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