十三夜(樋口一葉)のあらすじ・登場人物
月の夜、実家の門前に立つ
- 心理
- 家族
- 文字数
- 12,571字
- 読了目安
- 約25分
- 表記
- 新字旧仮名
- 種別
- 小説
- 舞台
- 東京都
この作品について
1895年(明治28年)12月、『文藝倶楽部』の臨時増刊「閨秀小説」に発表された樋口一葉の短編小説。秋の十三夜、官吏の妻となったお関が、夫の仕打ちに耐えかね、離縁を願って実家の門前に立つところから始まる。世間では恵まれた縁組と見られていても、本人の苦しみは外からはわからない。両親への遠慮、幼い子への思い、弟の将来への気がかりが重なり、お関は家に入る前からためらいを繰り返す。上下二部からなり、一夜の出来事を、人物同士の長い対話と心の声によって描いている。娘の幸福を願う親の情にも、家の体面や暮らしの利害が絡み合うところに特色がある。月明かりや夜道の静けさを背景に、家庭の内側で言い出しにくい思いと、女性が自分の生き方を選ぶ難しさを捉えた作品である。
あらすじ
官吏・原田勇のもとへ嫁いだお関は、良人の日頃の冷たい仕打ちに耐えかね、息子の太郎を寝かしつけて家を抜け出し、実家の両親のもとへ離縁状を求めて訪れる。教育のないことを蔑まれ、召使いの前で恥をかかされ続けてきた辛さを涙ながらに訴えるお関だったが、父・斎藤主計は、一度嫁いだ上は我慢するのが妻の役目であり、太郎とも二度と会えなくなると諭し、今夜のところは婚家へ戻るよう説き伏せる。太郎への情に負けたお関は、結局離縁を思いとどまり、良人の妻として生きていく覚悟を決めて夜道を戻ることにする。実家近くで拾った俥に乗ると、俥を引く男は途中で急に梶棒を止め、なんとそれはお関の幼馴染で、かつて互いに思いを寄せながらも、気持ちを打ち明けないまま別れた煙草屋の息子・録之助であった。今は落ちぶれて俥引きに身を落とした録之助との再会に、お関は胸を締めつけられるが、互いに多くを語らぬまま、束の間の道連れとなった後、東と南へそれぞれ別れていく。
登場人物
- お関 官吏の妻となった女性。良人の仕打ちに苦しみ実家に離縁を訴えるが、我が子への情から思いとどまる本作の主人公
- 原田勇 お関の良人。有能だが家庭では冷たく、お関をことあるごとに蔑む官吏
- 斎藤主計 お関の父。娘を思いやりながらも、婚家へ戻るよう諭す
- 高坂録之助 お関の幼馴染。かつて煙草屋の息子だったが、今は落ちぶれて俥引きをしている
冒頭部(原文より)
例は威勢よき黒ぬり車の、それ門に音が止まつた娘ではないかと両親に出迎はれつる物を、今宵は辻より飛のりの車さへ帰して悄然と格子戸の外に立てば、家内には父親が相かはらずの高声、いはば私も福人の一人、いづれも柔順しい子供を持つて育てるに手は懸らず人には褒められる、分外の欲さへ渇かねばこの上に望みもなし、やれやれ有難い事と物がたられる。
「十三夜」樋口一葉(青空文庫)
末尾部(原文より)
広小路に出れば車もあり、阿関は紙入れより紙幣いくらか取出して小菊の紙にしほらしく包みて、録さんこれは誠に失礼なれど鼻紙なりとも買つて下され、久し振でお目にかかつて何か申たい事は沢山あるやうなれど口へ出ませぬは察して下され、では私は御別れに致します、随分からだを厭ふて煩らはぬ様に、伯母さんをも早く安心させておあげなさりまし、蔭ながら私も祈ります、どうぞ以前の録さんにお成りなされて、お立派にお店をお開きに成ります処を見せて下され、左様ならばと挨拶すれば録之助は紙づつみを頂いて、お辞儀申す筈なれど貴嬢のお手より下されたのなれば、あり難く頂戴して思ひ出にしまする、お別れ申すが惜しいと言つてもこれが夢ならば仕方のない事、さ、お出なされ、私も帰ります、更けては路が淋しう御座りますぞとて空車引いてうしろ向く、其人は東へ、此人は南へ、大路の柳月のかげに靡いて力なささうの塗り下駄のおと、村田の二階も原田の奥も憂きはお互ひの世におもふ事多し。
「十三夜」樋口一葉(青空文庫)
名文
例は威勢よき黒ぬり車の、それ門に音が止まつた娘ではないかと両親に出迎はれつる物を、今宵は辻より飛のりの車さへ帰して悄然と格子戸の外に立てば
離縁を決意して実家へ帰る、お関の十三夜の場面から始まる冒頭。晴れがましかった日々との落差が一文で示される。
原文を読む
原文は青空文庫で公開されています(アプリからも同じ本文をダウンロードして縦書きで読めます)。