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魔睡(森鴎外)のあらすじ・登場人物

夜汽車で思い返す午後の出来事

  • 心理
  • 家族

森鴎外 1909年(明治42年)6月 「スバル」

文字数
13,733字
読了目安
約27分
表記
新字旧仮名
種別
小説
舞台
  • 東京都

この作品について

1909年(明治42年)6月の「スバル」に発表された短編。法科大学教授の大川博士が、関西への調査旅行に出る夕方、友人の医科大学教授から、ある開業医についての忠告を受ける。出発の日に起きた出来事を、博士は夜汽車のなかで、読んできた魔睡術の知識や西洋の戯曲、裁判記録の記憶と照らしながら考えていく。出来事そのものよりも、それを受け止める人物の理性と感情の動きを、会話と内省で描いている。

あらすじ

法科大学教授の大川渉博士は、関西の大会社の事件を調べるため、夜汽車で発つ支度をしている。そこへ医科大学教授の杉村博士が来て、ドイツ留学の仲間でもある開業の名医・磯貝に、奥さんだけは診せないようにと忠告する。博士は、妊娠七か月の妻が母の付き添いで磯貝の診察に出かけたのを思い、帰宅した妻の様子が常と違うことに気づく。妻は泣きながら、診察のあと別室で磯貝に手をさすられ、目を見つめられるうちに気が遠くなり、気づくと磯貝は何事もなかったように机に向かっていたと打ち明ける。博士は魔睡術の知識から事情を察し、妊娠との関わりを思い悩むが、不快を抑えて妻を許そうとし、二度と磯貝に会わないよう言いつけて出発する。七時三十分発の汽車のなかで、博士は隣席の外国人女性の髪に目をとめ、午後の出来事を反芻しながら、翌日読もうと持ってきた戯曲『タントリス』を思う。

登場人物

冒頭部(原文より)

 法科大学教授大川渉君は居間の真中へ革包を出して、そこら中に書物やシヤツなどを取り散らして、何か考へては革包の中へしまひ込んでゐる。大川博士は気のゆつたりした人で、何事があつても驚くの慌てるのといふことはない。世間の人の周章狼狽するやうな事に出くはすと、先生極て平気で、不断から透明な頭がいよいよ透明になつて来る。教授会議や何ぞで、何か問題が混雑して来て、学長が整理に困るやうな時、先生が徐ろに起つて、いつもの重くろしい口吻で意見を陳べると、大抵の事は解決を告げることになる。その議論は往々快刀乱麻を断つがある。それだから友人の間では、あの男を教授にして置くのは惜しいものだ、行政官にして事務を捌かせて見たい、いや一その事、弁護士にして、疑獄の裁判にあの頭を用ゐさせて見たいなどと云つてゐる。その癖当人は政事臭い事には少しも手を出さない。それは何でも半分為るといふことが大嫌だからである。ところが先生は小間々々した事にはすぐに閉口する。

「魔睡」森鴎外(青空文庫)

末尾部(原文より)

 博士は明日車の中で Tantris der Narr を読むであらう。Tristan と Isolde とのやうな恋中でも、男は恋人の人妻たるを忍ばねばならない。人妻たるは猶忍ぶべしである。何故 Denovalin のやうな、意地の悪い恋の敵が出て来て、二人を陥しいれねばならぬか。二人を焚き殺す筈の薪の火は神の息に消える。二人は Morois の沢辺に出て、狩場を遁れた獣のやうに、疲れて眠る。二人の体は臂の長さを隔てて地上に横はつてゐる。其真中には Morholm の剣が置いてあるのである。博士は、よしや貞潔を嘲つたことがあるにしても、これに感動せずにはゐられまい。兎に角此一冊の脚本は、博士に多少の慰藉を与へることであらう。

「魔睡」森鴎外(青空文庫)

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