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足迹(徳田秋声)のあらすじ・登場人物

上京した娘の流転の足跡

  • 心理
  • 家族

徳田秋声 1910年(明治43年)7月 「読売新聞」

文字数
119,801字
読了目安
約4時間
表記
新字新仮名
種別
小説
舞台
  • 東京都
  • 長野県

この作品について

徳田秋声が1910年(明治43年)7月30日から11月18日まで「読売新聞」に連載した長編小説で、初出時の題は「足跡」。のちに秋声の妻となるはまをモデルに、信州の山村から一家で東京へ出てきた少女お庄が、奉公や茶屋勤め、親類の家を転々としながら娘へと育っていく歳月を描く。道楽者の父、愚痴の多い母、世話を焼きつつ小言の絶えない親類たちなど、明治末の東京の下町に生きる人々の暮らしを、感情を交えず淡々と積み重ねていく筆致は自然主義の秋声らしい。時間を前後させる語りを本格的に用いた作とも評され、同じ女性をモデルにした翌年の「黴」とあわせて読まれることも多い。

あらすじ

信州の山村で家屋敷を売り払い、一家で東京へ出てきたとき、お庄はまだ十一か二であった。道楽で身代を飲み潰した父は東京でも商売が定まらず、一家は母の縁続きで湯島の下宿屋を営む気性の激しい主婦に厄介をかける。お庄は父のなじみの女が浅草で開く化粧品店に預けられるが、居つかずに逃げ帰り、横浜へ移った一家も暮らしが立たずに散り散りになる。お庄は日本橋の大店の奥勤めに出たのち、朋輩のお鳥に誘われて浅草の料理茶屋の女中となり、弟の正雄に咎められる。やがて母の弟で、石川島の会社に勤める築地の叔父の家に母とともに引き取られ、子のない叔母に可愛がられて家事を切り回すようになるが、叔父は株や女遊びにのめり込み、会社を退く。叔母は死産ののちに病みついて亡くなり、叔父は怪しげな新会社にも失敗して胸を病む。その間にお庄は下宿人の書生・磯野と恋仲になるが、医学生の情婦で年上のお増に磯野を奪われてしまう。親類の取り持ちで郊外の料理屋の息子・芳太郎に嫁ぐものの、家は継父と継母の思惑で揉めつづけ、酒浸りの芳太郎は嫉妬からお庄に刺身包丁を振りかざす。夫婦で預けられた中村の家から、お庄は雨の夜に荷物を持ち出して湯島へ逃げ帰る。翌日、書生の新世帯へ手伝いに出ている母を訪ね、狭い茶の間に坐り込んで日の暮れまで話し込むのだった。

登場人物

冒頭部(原文より)

一  お庄の一家が東京へ移住したとき、お庄はやっと十一か二であった。  まさかの時の用意に、山畑は少しばかり残して、後は家屋敷も田もすっかり売り払った。煤けた塗り箪笥や長火鉢や膳椀のようなものまで金に替えて、それをそっくり父親が縫立ての胴巻きにしまい込んだ。 「どうせこんな田舎柄は東京にゃ流行らないで、こんらも古着屋へ売っちまおう。東京でうまく取り着きさえすれア衆にいいものを買って着せるで心配はない。」  とかく愚痴っぽい母親が、奥の納戸でゴツゴツした手織縞の着物を引っ張ったり畳んだりしていると、前後の考えのない父親がこう言って主張した。これまでにもさんざん道楽をし尽して、どうかこうか五人の子供を育てあげるにさしつかえぬくらいの身代を飲み潰してしまった父親は、妻子を引き連れてどこか面白いところを見物に行くような心持でいた。

「足迹」徳田秋声(青空文庫)

末尾部(原文より)

 翌日午後、四ツ谷の家から、老人が着替えを二、三枚届けてくれてから、お庄は独りで世帯を切り廻したことのない母親の身の上も気にかかったし、この先自分の体の振り方も会って相談して見たいと思った。後から暗い影の附き絡っているような東京を離れて、独りで遠くへ出るにしても、母親の体の落着きを見届けておかなければならぬとも思った。  お庄はジミな絣に、黒繻子の帯などを締めて、母親を世話した近所の家まで訪ねて行った。  その家は氷屋であった。主はお庄たちと同じ村から出た男で、兜町の方へ出ていた。お庄の父親とも知らない顔でもなかった。  母親のいる家は、伝通院のすぐ下の方の新開町であった。場末の広い淋しいその通りには、家がまだ少かった。出来たてのペンキ塗りの湯屋の棟が遠くに見えたり、壁にビラの張られてある床屋があったりした。  四、五軒並んだ新建ちのうちの一つが、それであった。まだ木の香のするようなその建物について、裏へ廻ると、じきに石炭殻を敷き詰めたその家の勝手口へ出た。  新壁の隅に据えた、粗雑な長火鉢の傍にぽつねんと坐り込んでいる母親の姿が、明け放したそこの勝手口からすぐ見られた。台所にはまだ世帯道具らしいものもなかった。裏は崖下の広い空地で、厚く繁った笹や夏草の上を、真昼の風がざわざわと吹き渡った。  お庄は母親の隠れ家へでも落ち着いたような気がして、狭い茶の室へ坐り込んで日の暮れまで話し込んでいた。

「足迹」徳田秋声(青空文庫)

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原文は青空文庫で公開されています(アプリからも同じ本文をダウンロードして縦書きで読めます)。

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