たま襷(樋口一葉)のあらすじ・登場人物
旧臣の家の娘をめぐる三人
- 恋愛
- 心理
- 文字数
- 8,455字
- 読了目安
- 約17分
- 表記
- 旧字旧仮名
- 種別
- 小説
- 舞台
- 東京都
この作品について
樋口一葉が1892年(明治25)4月に雑誌『武蔵野』へ発表した初期の短編。徳川の旧臣の家に生まれた孤児の娘と、娘に仕える年上の後見人、隣家に越してきた貴公子の三人の関係を軸にする。雅文調と俗語を折衷した文体で書かれ、一葉の若い時期の作風を伝える。
あらすじ
徳川の旧臣・青柳右京の末裔として生れた青柳いと子は、早くに父母を失い、上野の裏手の谷中で花園に囲まれた侘び住まいに独り暮らす十九の娘である。亡き主家への忠義から、旧用人の息子・松野雪三が三十半ばの身で、雨の日も雪の日も朝夕の機嫌うかがいを欠かさず、いと子によき聟を迎えようと心を砕いている。ある夏の夕暮れ、蛍を追って落とした団扇を垣根越しに拾ってくれた美少年――隣家に避暑に来た竹村子爵の次男・緑と、いと子は一目で心を通わせる。恋わずらういと子の一方、実は雪三もまた、忠義がいつしか恋へと変じ、あるまじき想いに苦しんでいた。緑はいと子の素性を調べさせ、父の子爵から縁談を申し込ませる。だが使者を前にした雪三は、いと子には既に定まった良人がある――それは松野雪三、この自分だと言い放つ。事の次第を知ったいと子は、雪三の一途な想いを憐れむあまり、緑を選べば雪三が身を狂わすと悟り、二人の男のあいだで身動きが取れなくなる。誰も傷つけぬ道はわが身を消すほかないと思い定めたいと子は、静かに硯を取り出し、名残の一筆をしたためはじめる。
登場人物
- 青柳いと子 徳川の旧臣・青柳家の末裔。零落して谷中に独り住む十九の孤児の娘。貴公子と後見人のあいだで板挟みになる
- 松野雪三 青柳家の旧用人の息子。三十半ば。亡き主家への忠義からいと子に尽くすうち、秘めた恋を募らせる
- 竹村緑 竹村子爵の次男の美少年。隣家に避暑に来て、いと子と一目で心を通わせる
冒頭部(原文より)
をかしかるべき世を空蝉のと捨て物にして今歳十九年、天のなせる麗質、をしや埋木の春またぬ身に、青柳いと子と名のみ聞ても姿しのばるゝ優しの人品、それも其筈昔しをくれば系圖の卷のこと長けれど、徳川の流れ末つかた波まだ立たぬ江戸時代に、御用お側お取次と長銘うつて、席を八萬騎の上坐に占めし青柳右京が三世の孫。
「たま襷」樋口一葉(青空文庫)
末尾部(原文より)
さりとて是れにも隨がひがたきを、何として何にとせば松野が心の迷ひも覺め、竹村の君へ我が潔白をも顯されん、何方にまれ憎くき人一人あらば、斯くまで胸はなやまじを、果敢なの身やとうち仰げば空に澄む月影きよし、肘を寄せたる丸窓のもとに何んの咡きぞ風に鳴る荻の友ずり、我が蔭ごとか哀れはづかし、見渡す花園は夜るの錦を月にほこりて、轉ぶ白玉の露うるはしゝ、思へば誰れも消ゆる世なるを、我が身一ツなき物にせば、何方に何の障りか有るべき、我れ憂き世の厭はしきは今はじめたることならず、捨てんは兼てよりの願ひなり、歎くべきことならずと嫣然と笑みて靜かに取出す料紙硯、墨すり流して筆先あらためつ、書き流がす文誰れ/\が手に落ちて明日は記念と見ん名殘の名筆
「たま襷」樋口一葉(青空文庫)
原文を読む
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