文づかひ(森鴎外)のあらすじ・登場人物
因習に抗う姫が託した手紙
- 恋愛
- 心理
- 文字数
- 13,147字
- 読了目安
- 約26分
- 表記
- 新字旧仮名
- 種別
- 小説
この作品について
森鴎外がドイツ留学の体験をもとに書き、1891年(明治24年)に「新著百種」へ発表した短編小説。「舞姫」「うたかたの記」と並ぶ〈独逸三部作〉の掉尾を飾る一編である。ザクセンの秋の演習に加わった日本の青年士官が、美しくも寡黙な貴族の令嬢イイダ姫から、ひそかに一通の手紙を託される。門閥と血統にしばられ、意に染まぬ縁組みを強いられる姫が、その手紙に賭けた願いとは――。格調高い雅文体で、貴族社会の因習と、それに抗おうとする一人の女性の意志を描いた鴎外初期の名品。
あらすじ
日本の青年士官「われ」は、ザクセンの秋の大演習に加わり、とある古城に宿を借りる。そこで出会ったのが、城主の一族に連なる令嬢イイダ姫だった。美しいが、めったに言葉を発しない寡黙な姫に、「われ」はなぜか強く心を惹かれる。演習のさなか、塔の上で二人きりになったとき、姫は思いがけず「われ」に願いごとを打ち明ける。演習を終えてドレスデンへ行けば、王宮や国務大臣の館に招かれるはず――そのおり、この一通の手紙を、人知れず大臣夫人(姫の伯母)に届けてほしい、と。やがて姫は胸のうちを語る。貴族の子として、門閥と血統にしばられた姫には、心の通わぬ相手メエルハイムとの縁組みが定められていた。だが、いくら家の勧める相手でも、愛のない結婚には耐えられない。新教の国では尼になることもできず、この因習から逃れる道はただ一つ、「礼を知りて情を知らぬ」宮廷の女官となって身を隠すことだけだった。姫にとって、それは自らの「冢穴(墓穴)」にほかならない。「われ」は姫の「文づかひ」となってその手紙を大臣夫人に届ける。年が明けた王宮の新年の舞踏会で、「われ」が目にしたのは、女官の列に加わった、あのイイダ姫の気高い姿だった。意に染まぬ結婚から逃れるため、みずから宮廷という墓穴を選び取った一人の女性の意志を、鴎外が雅文体で描いた〈独逸三部作〉の一編である。
登場人物
- われ(小林少尉) ザクセンの演習に加わった日本の青年士官。イイダ姫の「文づかひ」として手紙を届ける
- イイダ姫 城主の一族の令嬢。門閥にしばられ意に染まぬ縁組みを強いられ、それを逃れるため女官となる道を選ぶ
- メエルハイム 姫との縁組みを望まれている青年。姫を慕うが、姫の心は得られない
冒頭部(原文より)
それがしの宮の催したまひし星が岡茶寮の独逸会に、洋行がへりの将校次を逐うて身の上ばなしせし時のことなりしが、こよひはおん身が物語聞くべきはずなり、殿下も待兼ねておはすればと促されて、まだ大尉になりてほどもあらじと見ゆる小林といふ少年士官、口に啣へし巻烟草取りて火鉢の中へ灰振り落して語りは始めぬ。
「文づかひ」森鴎外(青空文庫)
末尾部(原文より)
かたりをはるとき午夜の時計ほがらかに鳴りて、はや舞踏の大休となり、妃はおほとのごもり玉ふべきをりなれば、イイダ姫あわただしく坐を起ちて、こなたへ差しのばしたる右手の指に、わが唇触るるとき、隅の観兵の間に設けたる夕餉に急ぐまらうど、群立ちてここを過ぎぬ。姫の姿はその間にまじり、次第に遠ざかりゆきて、をりをり人の肩のすきまに見ゆる、けふの晴衣の水いろのみぞ名残なりける。
「文づかひ」森鴎外(青空文庫)
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