こわれ指環(清水紫琴)のあらすじ・登場人物
これは私の為の記念でありますから
- 心理
- 恋愛
- 文字数
- 8,635字
- 読了目安
- 約17分
- 表記
- 新字旧仮名
- 種別
- 小説
この作品について
1891年(明治24年)1月、「女学雑誌」に発表された清水紫琴の小説。玉の抜けた指環をはめ続ける女が、その理由を親しい相手に語って聞かせるという一人語りの形をとる。父の命ずるままに意に染まぬ結婚をし、夫の不実に苦しみ、母を失い、やがて女権論に触れて自我にめざめてゆく。女が自分の言葉で結婚と離婚を語った作品として、近代の女性文学の先駆に数えられる。
あらすじ
玉の抜けたままの指環をなぜはめているのかと問われて、女は語りはじめる。この指環は五年前、十八の春に結婚したとき、夫から贈られたものだった。当時はまだ女子教育の種がようやく蒔かれたばかりの頃で、支那風の修身学を教え込まれた彼女は、夫は籤のようなもので、吉凶どちらを引いても天命に任せるほかないと覚悟していた。それでも結婚を勧められるたびに断り続けたが、十八の正月、父から断然と結婚を申し渡される。「勉強が足りませぬから」と言いかけた言葉は途中で遮られた。母も味方してはくれなかった。嫁いでみると、夫にはどうしても馴染めない。ある日届いた手紙を夫が慌てて奪い取り、その夜から外泊が続くようになる。下女の口から、自分が来る五六日前までこの家にいた女がいたことを知らされた。外泊は三日四日と重なり、酔って帰っては罵られる日々が続く。里の母はその様子を察して病みつき、彼女が十九の秋に世を去った。すすまぬ結婚が母の命を縮めたのかと思えば胸も張り裂けそうだった。折しも女権論が世に現れはじめ、彼女は泰西の思想に触れて、婦人の不幸は天命ではないと考えるようになる。夫を諌めても「女の分際で」と一蹴されるばかり——そして彼女は、指環の玉を抜き去った。
登場人物
- 私 こわれた指環をはめ続ける女。十八で意に染まぬ結婚をし、のち自らの意志で婚家を去った語り手
- 夫 彼女より年上で経験を積んだ男。前に同居していた女との関係が続いている
- 父 娘に結婚を申し渡した人。のちに自分の干渉を悔い、娘の志を励ます
- 母 女大学をそのまま生きたような人。娘の不幸を案じながら病に倒れる
冒頭部(原文より)
あなたは私のこの指環の玉が抜けておりますのがお気にかかるの、そりやアあなたのおつしやる通り、こんなにこわれたまんまではめておりますのは、あんまり見つともよくありませんから、何なりともはめかへれば、宜しいので……ですが私の為にはこの指環のこわれたのが記念でありますから、どうしてもこれをはめかへる事が出来ないのです。
「こわれ指環」清水紫琴(青空文庫)
末尾部(原文より)
ただ幸いに私の父は今なほ壮健で居りまして、大いに私の多年の辛苦を憐れんでくれまして、老躯がよしなき干渉より、あつたら若木の枝を折らせし事よとて、絶へず書を寄せて私を慰めてくれまして、今はかへつて私の志望を賞し、しきりに私を励ましてくれますから、私はこれを何よりの楽しみに、悲しき中に、楽しき月日を送つてゐます。ただこの上の願ひには、このこわれ指環がその与へ主の手に依りて、再びもとの完きものと致さるる事が出来るならばと、さすがにこの事は今に……。
「こわれ指環」清水紫琴(青空文庫)
原文を読む
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