心の闇(尾崎紅葉)のあらすじ・登場人物
見えない目で恋をした按摩
- 恋愛
- 心理
- 文字数
- 35,395字
- 読了目安
- 約1時間11分
- 表記
- 新字旧仮名
- 種別
- 小説
- 舞台
- 栃木県
この作品について
尾崎紅葉が雅俗折衷の文体で描いた中編小説。1893年(明治26年)6月1日から7月11日まで「読売新聞」に連載され、1894年(明治27年)5月に春陽堂から初めて単行本になった。舞台は日光への宿場として栄える宇都宮の旅籠「千束屋」。そこへ毎晩あんまの療治に通う盲目の青年・佐の市は、千束屋の一人娘お久米に、だれにも明かさぬ恋心を抱いている。見えない目で恋をする男の苦しさと、その思いをうすうす感じとって怖れる娘の胸のうちを、噂話や嫁入りの騒ぎをはさんで描く。題の「心の闇」は、恋に迷う心とともに、光を知らない佐の市の闇をも思わせる。本書は博文館『紅葉全集』(1912年。初版は1904年)に収める本文を、国立国会図書館が公開する底本の画像とOCRテキストを照らし合わせて校正したもので、青空文庫には無い。ルビは底本のものを可能な限り残した。
あらすじ
日光への道筋にあたる宇都宮の旅籠・千束屋には、二十五歳の盲目のあんまの佐の市が毎晩、客の療治に通ってくる。母のお民と二人暮らしの佐の市は、千束屋の一人娘お久米が評判の美しい娘であることを耳で知っており、客に娘を悪く言われると本気で食ってかかるほど、その人に心を寄せていた。ある晩、千束屋に東京の秘書官が泊まり、知事のはからいでお久米が座敷に給仕に出る。気がかりでならない佐の市は物置にひそんで様子をうかがい、見つかって曲者あつかいされるが、お久米にかばわれて助かる。のちに髪結床でお久米が秘書官と情を通じたという噂を聞いた佐の市は、かっとなって職人と争い、怪我をする。噂は根も葉もないものだった。やがて、お久米に県会議員の息子・築居喜一郎との縁談がもち上がり、結納がかわされる。お久米は縁談のころから、佐の市が夢に現れて恨むという不思議な夢を見るようになる。嫁入りの晩の雪の夜、築居家の塀の外を、巡査にとがめられた佐の市がさまよっていたことを知って、お久米は夢と思い合わせて怖れる。その後も佐の市は、命がけで添いたいという歌をひとりで唱えながら、毎夜千束屋へ療治に通い続ける。だれを思っているのか、人に明かさぬまま。お久米は夢のせいで佐の市を疑いながら、真偽を知ることもできないでいる。
登場人物
- 佐の市(さのいち) 二十五歳の盲目のあんまの青年。六歳で失明した。千束屋に毎晩療治に通い、お久米を思いつづけている
- お久米(くめ) 千束屋の十八歳の一人娘。宇都宮じゅうの評判の美しい娘で、のちに築居喜一郎の妻となる
- お民(たみ) 佐の市の母。女手ひとつで息子を育て、金をためることを楽しみとしている
- 銀蔵(ぎんぞう) 千束屋の主人。お久米の父
- 築居喜一郎(つくい きいちろう) 県会議員の長男。肥料商会を切りまわす二十六歳の若者で、お久米を妻に迎える
- 内海(うつみ) 東京から来た秘書官。千束屋でお久米を座敷に呼んで酌をさせる
- 稲葉(いなば) 内海に従う若い属官。物置にひそんだ佐の市を見つけて取り押さえる
冒頭部(原文より)
日光山は野州花、石南花の盛とて、初夏の候より宇都宮停車塲の混雑は、やがて紅葉の秋の末まで絶ゆることなし。
「心の闇」尾崎紅葉(青空文庫)
末尾部(原文より)
言はずして思ひ、疑ひて懼る。是も恋か、心の闇。
「心の闇」尾崎紅葉(青空文庫)
名文
言はずして思ひ、疑ひて懼る。是も恋か、心の闇。
尾崎紅葉『心の闇』の結び。胸の思いを口に出さずに抱き続ける佐の市と、不思議な夢から彼を疑って怖れるお久米。二人の胸のうちを短い対句で並べ、題の「心の闇」で閉じる。恋に迷う心と、光を知らない佐の市の闇とが、最後の一語に重なる。
原文を読む
原文はアプリに収録しています(縦書きで読めます)。底本:博文館『紅葉全集』第三巻(1912年。初版は1904年)所収の「心の闇」。国立国会図書館デジタルコレクションで公開されている底本の画像と、同館「次世代デジタルライブラリー」のOCRテキスト(パブリック・ドメイン)をもとに、画像と照らし合わせて校正し、本文だけを収録した(柱・扉・挿絵は省いた)。ルビは底本のものを可能な限り残した。旧字は新字に改めた(仮名遣いは底本のまま)。