ルウベンスの偽画(堀辰雄)のあらすじ・登場人物
高原の夏の終わり、少女の面影
- 恋愛
- 青春
- 文字数
- 10,620字
- 読了目安
- 約21分
- 表記
- 新字新仮名
- 種別
- 小説
- 舞台
- 長野県
この作品について
堀辰雄の初期の短編。第一稿が1927年(昭和2年)2月の同人誌「山繭」に載り、1929年(昭和4年)1月号の「創作月刊」に改稿が発表された。舞台は夏の終わりの軽井沢。病気から回復した青年「彼」が、避暑地のホテルに滞在しながら、毎年この地で会う少女とその母の別荘を訪ねる日々を描く。薔薇色の重たげな肌をしたその少女を、彼はひそかに「ルウベンスの偽画」と呼んでいた。去りゆく季節の高原、西洋人の行き交う本町通り、ドライブやホテルのバルコニーといった光景が、短い場面の積み重ねで描かれ、彼の心に浮かぶ像と現実の少女との隔たりが、比喩に富んだ繊細な文章で捉えられる。軽井沢を舞台にした堀の作品のなかでも早い時期の一編である。
あらすじ
夏の終わり、病み上がりの「彼」は軽井沢の駅で、ドイツ人らしい娘が降りたばかりの漆黒の自動車に乗りこむ。真白な車内に残る薔薇の香りと床の唾のあとに、彼は奇妙な快さを覚える。人の引きはじめた本町通りで、彼は毎年会う少女の姿を見かけ、「巨人の椅子」へ続く小径の紅殻色のバンガロオまで後を追う。ためらった末に門をくぐると、少女は彼の回復を喜んだ。古典的な美しさと重たげな薔薇色の肌を持つ彼女を、彼はひそかに「ルウベンスの偽画」と呼んでいた。翌日、少女と母の夫人に誘われて浅間山麓のホテルへドライブし、客の去ったバルコニーの下の屋根を少女と歩くが、指環をはめた彼女の手を思って急に不安になる。夫人の「それだけだったの?」という一言が、無邪気とも皮肉ともつかず、彼の頭を離れない。町では有名な男爵令嬢と、かつてその取り巻きだった混血の青年とが、互いに気づかぬふりですれちがう場面に出会い、令嬢の意地悪な魅力に心をかき乱される。翌朝ロッジで、別の上品な青年を連れた令嬢の声が少女の声にそっくりなことに驚いた彼は、自分の中に「悪い音楽」が湧くのを感じて店を出る。東京へ帰る画家の友人は、ここは空気が良すぎて遠くの木の葉まで見えてしまい描けないと言い、彼は自分と少女の関係が進まないのも同じ理由かと思う。少女の家で二枚の写真を見せられ、彼が選んだのは心の中の「ルウベンスの偽画」に似た方で、夫人はもう一枚の方が本人に似ていると言う。目の前の少女と心の像とは別のものかもしれない――夕暮れの小径で、彼は栗の木から飛び下りて走り去る栗鼠を、見えなくなるまで見つめていた。
登場人物
- 彼 病気から回復して軽井沢を訪れた青年。毎年会う少女をひそかに「ルウベンスの偽画」と呼ぶ
- 彼女 軽井沢の別荘で過ごす少女。古典的な美しさと薔薇色の肌を持つ
- 夫人 少女の母。やさしいとも皮肉ともつかない微笑を浮かべる
- 男爵令嬢 毎年避暑に来る有名な男爵のお嬢さん。混血の青年たちに取り巻かれていた
- 友人 軽井沢で絵を描いていた画家。描きかけのまま東京へ帰る
冒頭部(原文より)
それは漆黒の自動車であった。 その自動車が軽井沢ステエションの表口まで来て停まると、中から一人のドイツ人らしい娘を降した。 彼はそれがあんまり美しい車だったのでタクシイではあるまいと思ったが、娘がおりるとき何か運転手にちらと渡すのを見たので、彼は黄いろい帽子をかぶった娘とすれちがいながら、自動車の方へ歩いて行った。
「ルウベンスの偽画」堀辰雄(青空文庫)
末尾部(原文より)
夕暮になって、彼はホテルへのうす暗い小径をひとりで帰っていった。 そのとき彼はその小径に沿うた木立の奥の、大きい栗の木の枝に何か得体の知れないものが登っていて、しきりにそれを揺ぶっているのを認めた。 彼が不安そうに、ふとすこし頭の悪い自分の受持の天使のことを思いうかべながら、それを見あげていると、なんだか浅黒い色をした動物がその樹からいきなり飛び下りてきた。それは一匹の栗鼠だった。 「ばかな栗鼠だな」 そんなことを思わずつぶやきながら、彼はうす暗い木立の中をあわてて尻尾を脊なかにのせて走り去ってゆく粟鼠を、それの見えなくなるまで見つめていた。
「ルウベンスの偽画」堀辰雄(青空文庫)
原文を読む
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