傲慢な眼(坂口安吾)のあらすじ・登場人物
砂丘で睨む少年と県知事の令嬢
- 恋愛
- 青春
- 文字数
- 2,675字
- 読了目安
- 約5分
- 表記
- 新字旧仮名
- 種別
- 小説
この作品について
辺鄙な県庁所在地に赴任した県知事の一人娘と、祭りの夜から彼女を睨みつけてくる中学生の少年の、夏の短い交わりを描いた掌編。砂丘のポプラの林で画布に向かう少年と、そのモデルを務める令嬢が、ほとんど言葉を交わさないまま過ごした日々が、一夏の色と音とともに綴られる。初出は「都新聞」1933(昭和8)年1月8日・9日の二日にわたる掲載。題は図書カードの表記に従う(本文中では「傲岸な眼」)。
あらすじ
辺鄙な県庁所在地に、都会的な若さをもつ県知事が赴任した。夏休みに東京の学校から一人娘の令嬢が来ると、町の人々は知事の偉さを納得する。祭りの夜、令嬢は雑踏のなかで、憧れとも羨望とも冷笑ともちがう、一途に傲岸な眼が自分を睨みつけているのに気づく。眼は街の思いがけない一角から、その後も何度も彼女の横顔を射すくめた。ある日、砂丘のポプラの林で、令嬢は三脚を据えて画布に向かう六尺近い大男に出会う。破れたズボンと汚い学帽から、まだ中学生だと分かる。なぜ睨むのかと問う令嬢に、少年は顔を赤らめて答えない。翌日、令嬢は一人でその場所へ行き、少年が自分を描いた写生帳を見て、自分がモデルになると申し出る。それから一週間ほど、二人は砂丘で画布を挟んで向かい合うが、ほとんど言葉を交わさなかった。令嬢が十日ほど旅に出て戻ると、数日の雨が続き、夏は終わりかけていた。別れの日、令嬢は明日東京へ帰ると告げるが、少年は「もう一人でも仕上げることが出来ます」と怒ったように繰り返すだけだった。翌日、旅立つ汽車の窓から、令嬢は線路沿いの電柱に凭れて、あの傲岸な眼を車内へ射込む少年の姿を見る。次の冬休みには令嬢は父の任地へ帰らなかった。ある黄昏、喋り疲れた令嬢は友達に「あたし、別れた恋人があるの。六尺もある大男だけど、まだ中学生で、絵の天才よ」と囁く。「天才」と口にした瞬間、令嬢は言いたいことを全部言い尽くしたような満足を覚える。
登場人物
- 令嬢 県知事の一人娘。東京の学校に通う
- 少年 六尺近い大男の中学生。絵を描き、傲岸な眼で令嬢を睨みつける
冒頭部(原文より)
ある辺鄙な県庁所在地へ、極めて都会的な精神的若さを持つた県知事が赴任してきた。万事が派手であつたので、町の人々を吃驚させたが、間もなく夏休みが来て、東京の学校へ置き残した美くしい一人娘が此の町へ来ると、人々は初めて県知事の偉さを納得した。 一夕町に祭礼があつて、令嬢は夜宮の賑ひを見物に出掛けた。祭の灯に薄ら赤く照らされた雑踏の中で、自分に注がれた多くの眼が令嬢を満足させたが、最後に我慢の出来ない傲岸な眼を発見した。その眼は憧れや羨望や或ひはそれらを裏打した下手な冷笑を装ふものでもなく、一途な傲岸さで焼きつくやうに彼女の顔を睨んでゐた。令嬢は突嗟にその眼を睨み返したが、すると、彼女の激しい意気組を嘲けるやうに、傲岸な眼は無造作に反らされてゐた。
「傲慢な眼」坂口安吾(青空文庫)
末尾部(原文より)
「あたし、別れた恋人があるの。六尺もある大男だけど、まだ中学生で、絵の天才よ……」 天才といふ言葉を発音した時、令嬢は言ひたいことを全部言ひ尽したやうな、思ひがけない満足を覚えた。なぜなら、此の思ひがけない言葉に由つて、夏の日、砂丘の杜を洩れてきたみづ/\しい蒼空を、静かな感傷の中へ玲瓏と思ひ泛べることが出来たから。
「傲慢な眼」坂口安吾(青空文庫)
原文を読む
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