アプリで読む

無料・登録不要

花園の思想(横光利一)のあらすじ・登場人物

花に埋もれた病室の夫婦

  • 恋愛
  • 心理

横光利一 1927年(昭和2年)2月 「改造」

文字数
13,178字
読了目安
約26分
表記
新字新仮名
種別
小説
舞台
  • 神奈川県

この作品について

横光利一が1927年(昭和2)2月の「改造」に発表した短編。前年6月、結核のため20歳で亡くなった妻キミを看取った体験にもとづき、「春は馬車に乗って」などとともに亡妻を描いた作品群の一つに数えられる。舞台は、海辺の丘の上に建つ肺病院。花園に囲まれた病棟で、医師から死の近いことを告げられた妻と、看病に疲れ果てた夫が、残された日々を過ごす。夫は病室を花で埋め、悲しみを悲しみと感じまいとする「新しい意志」を作り出そうとする。丘の上の花園と、麓の漁場で煙を上げる村人たちとの対比が、病院の外の世界として描き込まれる。「透明な日光室」や「白い脊骨のように」突き出たバルコニーの梯子といった新感覚派らしい比喩が冒頭から重ねられ、短い章を積み上げる構成をとる。

あらすじ

海辺の丘の上の肺病院で、彼は死に近づく妻を看病している。医者を何度変えても死の宣告は確かになるばかりで、二人の間に悲しみの時期は過ぎ、妻はもう死ぬのが怖くない、死にたいと言う。彼は病室を花壇の花で埋め、妻の静まった顔にかすかな歎声を誘おうとする。梅雨が近づくと、病院を嫌う麓の漁村の人々が、売れ残って腐った魚の山を花園の近くに積み上げて蠅をわかせ、さらに麦藁を燻べて煙を流してくる。副院長から、妻はこの月いっぱいだろうと告げられた彼は、悲しみを偽りの事実とみなし、すべての暗さを明るさとして感じようとする新しい意志を作り出す。妻は急に十六の娘のように美しくなり、百合の花を部屋から出してと頼む。彼は畑の若者に煙をやめてくれと頼み、漁場を歩いて、魚にとりまかれた病院は攻め続けられる城だと思う。妻の足がむくみはじめ、彼はかつて紙屑の中の二階に妻が毎夜通ってきた頃を語り合い、花壇で泣く。妻の母が来て、注射の数がふえ、ある夕暮、彼は妻を抱き上げて、花束のように軽いと言う。その夜、満潮とともに妻は苦しみ出す。妻は注射を拒み、あなたより先に死んですまないと詫び、鴉の声を聞いて「気の早い鴉ね」と微笑む。さようならと言い交わしたあと、妻は息を引き取り、彼はその死の美しさに見とれたのち、ふらふらと花園の中へ降りていった。

登場人物

冒頭部(原文より)

 丘の先端の花の中で、透明な日光室が輝いていた。バルコオンの梯子は白い脊骨のように突き出ていた。彼は海から登る坂道を肺療院の方へ帰って来た。彼はこうして時々妻の傍から離れると外を歩き、また、妻の顔を新しく見に帰った。見る度に妻の顔は、明確なテンポをとって段階を描きながら、克明に死線の方へ近寄っていた。――山上の煉瓦の中から、不意に一群の看護婦たちが崩れ出した。

「花園の思想」横光利一(青空文庫)

末尾部(原文より)

「さようなら。」と暫くして妻はいった。 「うむ、さようなら。」と彼は答えた。 「キーボ、キーボ。」と母は呼んだ。  しかし、彼女はもう答えなかった。彼女の呼吸は、ただ大きく吐き出す息ばかりになって来た。彼女の把握力は、刻々落ちていく顎の動きと一緒に、彼の掌の中で木のように弛んで来た。彼女は動きとまった。そうして、終に、死は、鮮麗な曙のように、忽然として彼女の面上に浮き上った。  ――これだ。  彼は暫く、その眼前に姿を現わした死の美しさに、見とれながら、恍惚として突き立っていた。と、やがて彼は一枚の紙のようにふらふらしながら、花園の中へ降りていった。

「花園の思想」横光利一(青空文庫)

原文を読む

原文は青空文庫で公開されています(アプリからも同じ本文をダウンロードして縦書きで読めます)。

青空文庫の図書カード

同じ作家の作品

近い作品