頭ならびに腹(横光利一)のあらすじ・登場人物
新感覚派の誕生を告げた一篇
- 風刺
- 文字数
- 2,814字
- 読了目安
- 約6分
- 表記
- 新字旧仮名
- 種別
- 小説
この作品について
横光利一が1924年(大正13年)10月、『文藝時代』創刊号に発表した短編小説。川端康成らと創刊したこの雑誌を拠点に、新感覚派の文学運動が展開された。満員の特別急行列車で、一人の子僧が窓枠をたたき、大声で歌っている。やがて列車が止まり、急ぐ人々は運行の見通しを求めて騒ぎだす。速度を感じさせる短い書き出しに続き、人々の頭や眼、声、動作を次々ととらえる描写が、車内のざわめきを作る。小駅が列車に無視されるように描かれる冒頭など、風景や物に人間の動きを与える表現も特徴的だ。乗客を一人ずつ詳しく紹介するより、同じ場所に押し込まれた人々の反応をひとまとまりの動きとして描く。その中で、周囲に構わず歌う子僧の姿が目に留まる。近代の交通機関の速さと、人間の感覚や振る舞いとを結びつけた一篇である。
あらすじ
満員のまま全速力で走る特別急行列車の中で、一人の傍若無人な小僧が周囲も構わず大声で唄い続けている。やがて土砂崩れのため列車が立ち往生すると、それまで無関心だった乗客たちは色めき立ち、駅員に詰め寄るが要領を得ない返答しか得られない。そこへ迂回線への乗り換えを促す案内が出されるが、大勢は損得を計りかねて動かず、二人が先に切符を出しても群集は動かない。その時、恰幅のよい紳士が進み出て切符を差し出すと、それを合図に群集はいっせいに彼の後を追って乗り換え列車へなだれ込んでいく。取り残された小僧はただ一人、空になった急行列車の中で悠然と歌い続けるが、間もなく土砂崩れの復旧が告げられ、急行列車は彼だけを乗せたまま何事もなかったかのように全速力で走り出すのだった。
登場人物
- 子僧 周囲を意に介さず唄い続ける傍若無人な小坊主。混乱する乗客たちと対照的な存在
- 乗客たち 立ち往生した急行列車で右往左往する群集
- 肥大な紳士 巨万の富を思わせる恰幅で、群集を先導することになる金満家
冒頭部(原文より)
真昼である。特別急行列車は満員のまま全速力で馳けてゐた。沿線の小駅は石のやうに黙殺された。 とにかく、かう云ふ現象の中で、その詰み込まれた列車の乗客中に一人の横着さうな子僧が混つてゐた。彼はいかにも一人前の顔をして一席を占めると、手拭で鉢巻をし始めた。それから、窓枠を両手で叩きながら大声で唄ひ出した。
「頭ならびに腹」横光利一(青空文庫)
末尾部(原文より)
子僧は? 意気揚々と窓枠を叩きながら。一人白と黒との眼玉を振り子のやうに振りながら。 「ア―― 梅よ、 桜よ、 牡丹よ、 桃よ、 さうは 一人で 持ち切れぬ ヨイヨイ。」
「頭ならびに腹」横光利一(青空文庫)
名文
真昼である。特別急行列車は満員のまま全速力で馳けてゐた。沿線の小駅は石のやうに黙殺された。
新感覚派の登場を告げた名高い三文。小駅が「石のやうに黙殺された」という擬人法の飛躍が、当時の文壇に衝撃を与えた。
原文を読む
原文は青空文庫で公開されています(アプリからも同じ本文をダウンロードして縦書きで読めます)。