笑われた子(横光利一)のあらすじ・登場人物
夢で笑った顔が決めた一生
- 心理
- 文字数
- 2,869字
- 読了目安
- 約6分
- 表記
- 新字新仮名
- 種別
- 小説
この作品について
横光利一が文壇に出る前の1922年(大正11年)5月、仲間と創刊した同人雑誌「塔」に「面」の題で発表し、のちに改題した短編。村の家で、毎晩の夕食後に家族が「吉をどんな人間に仕立てるか」を論じ合う場面から始まる。父は大阪へ奉公に、兄は百姓に、姉は信楽の茶碗職人にと勝手に言い合うなか、当の吉は牛の雑炊の泡を眺めている。その夜、吉は大きな顔に笑われる夢を見る。短い場面を簡潔な文で重ね、少年の内に芽生えた衝動と、それが一生の行き先に結びついていく過程を、寓話のように描いた初期の佳品である。
あらすじ
吉の家では、夕食のあと毎晩のように、吉をどんな人間に仕立てるかが論じられていた。父は大阪へ奉公にやれと言い、母は大阪は水が悪いと反対し、兄は百姓を、ませた姉は手工の得意な吉を信楽の茶碗職人にと勧める。その夜、吉は果てのない野原で、口が耳まで裂けた大きな顔に、馬鹿にしたようににやにやと笑われる夢を見る。
翌日、吉は学校で三度も教師に叱られる。習字の草紙には、字の代わりに笑わせようと何度も描き直した顔が描いてあった。家に帰ると吉は母の鏡台から剃刀を持ち出して研ぎ、跳ね釣瓶の重りの欅の丸太を石と取り替えて持ち去ると、毎日屋根裏へ通い続ける。
学校を卒業してもそれは続き、ある日、父が剃刀の刃がぼろぼろになっているのに気づく。姉が屋根裏から見つけてきたのは、吉が彫った仮面だった。父は「こりゃ好く出来とる」と感心し、その夜、両親は相談して、体の弱い吉を遠くへやらず、村で下駄屋をさせることに決める。
仮面は吉の店の鴨居の上で笑い続け、吉は二十五年、下駄をいじって貧乏した。ある日、仮面を見上げた吉は、馬鹿にしたように笑うその顔に腹を立て、「貴様のお蔭で俺は下駄屋になったのだ」と鉈で二つに割る。だが割れた仮面を手に取って眺めるうち、それで立派な下駄ができそうな気がしてきて、吉の顔はもとのように満足そうに和らいでいく。
登場人物
- 吉 村の家の少年。手工が得意で、夢に見た笑う顔にとりつかれ、ひそかに仮面を彫る
- 父親 吉の将来を案じ、大阪への奉公を勧めるが、仮面の出来に感心する
- 母親 体の弱い吉を遠くへやりたくないと願う
- 姉 ませた口をきく姉。吉の秘密の仮面を屋根裏から見つけ出す
冒頭部(原文より)
吉をどのような人間に仕立てるかということについて、吉の家では晩餐後毎夜のように論議せられた。またその話が始った。吉は牛にやる雑炊を煮きながら、ひとり柴の切れ目からぶくぶく出る泡を面白そうに眺めていた。 「やはり吉を大阪へやる方が好い。十五年も辛抱したなら、暖簾が分けてもらえるし、そうすりゃあそこだから直ぐに金も儲かるし。」 そう父親がいうのに母親はこう言った。
「笑われた子」横光利一(青空文庫)
末尾部(原文より)
「貴様のお蔭で俺は下駄屋になったのだ!」 吉は仮面を引きずり降ろすと、鉈を振るってその場で仮面を二つに割った。暫くして、彼は持ち馴れた下駄の台木を眺めるように、割れた仮面を手にとって眺めていた。が、ふと何んだかそれで立派な下駄が出来そうな気がして来た。すると間もなく、吉の顔はもとのように満足そうにぼんやりと柔ぎだした。
「笑われた子」横光利一(青空文庫)
原文を読む
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