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報恩記(芥川龍之介)のあらすじ・登場人物

三人の告白が重なる恩返し

  • 歴史
  • 心理

芥川龍之介 1922年(大正11年)4月 「中央公論」

文字数
14,804字
読了目安
約30分
表記
新字新仮名
種別
小説
舞台
  • 京都府

この作品について

芥川龍之介の切支丹物の短編。南蛮寺の伴天連に向かって、盗賊の阿媽港甚内、京の商人・北条屋弥三右衛門、その息子の弥三郎が、順に自分の側から同じ出来事を語る。一つの事件が三人の告白で見え方を変えていく構成で、三人の言い分が重なるところと食い違うところが読みどころになる。「中央公論」1922(大正11)年4月号に発表。

あらすじ

夜、盗賊の阿媽港甚内が南蛮寺の伴天連を訪ね、「ぽうろ」という日本人の魂のために祈ってほしいと頼む。その事情として語るのは、二年前の凩の夜の出来事である。京の分限者・北条屋弥三右衛門の屋敷へ忍び込んだ甚内は、茶室で夫婦が没落を嘆くのを見て、二十年前に阿媽港で自分を救ってくれた船頭が弥三右衛門だったと気づく。甚内は恩返しに、三日のうちに六千貫を調達すると約束する。続いて弥三右衛門が伴天連に懺悔する。約束どおり金は届き北条屋は救われたが、のちに阿媽港甚内が捕らえられたと聞き、一条戻り橋の曝し首を見に行くと、それは勘当した倅の弥三郎の首だった。唇には微笑が残っていた。最後に、獄中の弥三郎が語る。甚内の恩を返そうと手下に志願して蹴倒され、恨みを抱いた弥三郎は、吐血の病に侵された体を捨てて甚内の身代わりに首を打たれ、甚内の名を奪うことで恩と恨みを一度に返そうとしたのだった。

冒頭部(原文より)

 わたしは甚内と云うものです。苗字は――さあ、世間ではずっと前から、阿媽港甚内と云っているようです。阿媽港甚内、――あなたもこの名は知っていますか? いや、驚くには及びません。わたしはあなたの知っている通り、評判の高い盗人です。しかし今夜参ったのは、盗みにはいったのではありません。どうかそれだけは安心して下さい。

「報恩記」芥川龍之介(青空文庫)

末尾部(原文より)

「甚内は貴様なぞの恩にはならぬ。」――あの男はこう云いました。しかしわたしは夜の明け次第、甚内の代りに殺されるのです。何と云う気味の好い面当てでしょう。わたしは首を曝されたまま、あの男の来るのを待ってやります。甚内はきっとわたしの首に、声のない哄笑を感ずるでしょう。「どうだ、弥三郎の恩返しは?」――その哄笑はこう云うのです。「お前はもう甚内では無い。阿媽港甚内はこの首なのだ、あの天下に噂の高い、日本第一の大盗人は!」(笑う)ああ、わたしは愉快です。このくらい愉快に思った事は、一生にただ一度です。が、もし父の弥三右衛門に、わたしの曝し首を見られた時には、――(苦しそうに)勘忍して下さい。お父さん! 吐血の病に罹ったわたしは、たとい首を打たれずとも、三年とは命は続かないのです。どうか不孝は勘忍して下さい、わたしは極道に生まれましたが、とにかく一家の恩だけは返す事が出来たのですから、………

「報恩記」芥川龍之介(青空文庫)

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