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仇討三態(菊池寛)のあらすじ・登場人物

三つの敵討の裏表

  • 歴史
  • 心理

菊池寛 1921年(大正10年)

文字数
16,136字
読了目安
約32分
表記
新字新仮名
種別
小説
舞台
  • 福井県
  • 新潟県

この作品について

菊池寛が大正半ばに発表した短編で、「その一」から「その三」まで、江戸時代の敵討を題材にした三つの話からなる。菊池は「恩讐の彼方に」「ある敵打の話」など敵討を扱った作品を多く書いており、本作もその系列に連なる。第一話は元禄期、親の敵を十六年探し歩いたすえに出家し、越前の永平寺で修行する若い僧の話。第二話は幕末の越後新発田藩、八年の旅で敵を見つけながら討ち損じた兄弟が、三十年かけて本懐を遂げた同藩の兄弟と比べられる話。第三話は宝暦の江戸、旗本屋敷の正月の酒宴で、料理番の老人が昔話を語る話である。武士の名誉として称えられた敵討を、当事者の心の動きから描き直す。

あらすじ

その一。松江藩士の子惟念は、父の敵鳥飼八太夫を十六年探して果たせず、母の死を機に出家して永平寺で修行していた。ある日の薪作務で、前を行く老僧の作務衣に敵の珍しい紋を見つけ、顎の古傷も確かめる。心を乱しながらも、惟念は自分の道心を確かめるために老僧へ名乗り、敵を討つ所存はないと告げる。老僧は討たれて帰参せよと迫るが、惟念は亡父の菩提を弔ってほしいと言って去る。その夜、目を覚ますと、老僧が剃刀を手に枕元に立っていた。惟念は防ごうともせず、寝返りを許されいと言って向きを変え、また眠る。翌日、役僧の一人が寺から姿を消した。その二。新発田藩の鈴木忠次郎・忠三郎兄弟は八年かけて京で敵の医師を見つけるが、兄の帰りを待つうちに敵は病死してしまう。帰参した兄弟は、敵討に飽いて偽ったのではないかと噂される。安政四年、同藩の久米幸太郎兄弟が三十年かけて敵を討ち、藩中が賛美するなかで鈴木兄弟は嘲られる。祝宴で忠次郎が羨ましいと泣くと、幸太郎は、敵を持った者に幸せな者などいない、人生を敵討だけに費やした悲しみを知らないのだと涙を流し、忠次郎の心は和んだ。その三。宝暦三年の正月、旗本屋敷の料理番の老人嘉平次は、中間たちにおだてられて、旧主の刃傷沙汰を自分の武勇伝として語り、二の腕の傷まで証拠に見せる。その夜、新参の召使いおとよが親の敵と叫んで嘉平次を刺した。おとよの孝女ぶりは江戸中で称えられ、母の遺言とは傷の場所が違うことも、気の迷いとして片づけられた。

登場人物

冒頭部(原文より)

          その一  越の御山永平寺にも、爽やかな初夏が来た。  冬の間、日毎日毎の雪作務に雲水たちを苦しめた雪も、深い谷間からさえ、その跡を絶ってしまった。

「仇討三態」菊池寛(青空文庫)

末尾部(原文より)

 ただ、当人のとよ女だけには、敵の傷の場所が、母の遺言の通り、眉間になくして、二の腕にあったのが、ちょっと気になった。が、すぐ、母は夫を打たれたときに気が動転していたために、相手の眉間に飛びついていた血潮を、手傷だと思い違ったのだろうと思い直した。  とよ女の孝節が、藩主の上聞に達して、召し還された上、藩の家老の次子を婿養子として、幸田の跡目を立てられて、旧知の倍の百石を下しおかれたのは、同じ宝暦五年の九月のことである。

「仇討三態」菊池寛(青空文庫)

原文を読む

原文は青空文庫で公開されています(アプリからも同じ本文をダウンロードして縦書きで読めます)。

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