舞踏会(芥川龍之介)のあらすじ・登場人物
鹿鳴館の華やかな一夜
- 心理
- 歴史
- 文字数
- 5,126字
- 読了目安
- 約10分
- 表記
- 新字旧仮名
- 種別
- 小説
- 舞台
- 東京都
この作品について
芥川龍之介が1920年(大正9)1月、『新潮』に発表した短編。ピエール・ロティの紀行『江戸の舞踏会』に着想を得た、鹿鳴館時代を描く作品である。舞台は明治十九年の鹿鳴館。初めて舞踏会に臨む令嬢・明子と、彼女に寄り添うフランス人士官との一夜を、絢爛たる色彩と哀愁をもって描く。文明開化期の日本が西洋に向き合う姿を、一人の娘の目を通して見せる、芥川の「開化物」の代表作である。
あらすじ
明治十九年十一月三日の夜、十七歳の令嬢明子は父に伴われ、鹿鳴館の舞踏会に初めて足を踏み入れる。西洋の花のように着飾った彼女は、一人のフランス海軍士官に見初められ、ワルツなどを踊り、腕を組んで食卓へ向かい、庭園を見渡す露台に立つ。夜空に打ち上がる花火を眺めながら、士官はふと「私は花火の事を考えていたのです。我々の生のような花火の事を」と、しみじみ呟く。華やかな一夜は、明子の胸に甘やかな記憶として刻まれる。——それから長い年月が過ぎ、大正の世。老いた明子は汽車の中で、たまたま乗り合わせた青年の小説家に、あの夜の思い出を語る。士官の名がジュリアン・ヴィオ、すなわち「お菊さん」で名高い作家ピエール・ロティであったと聞かされても、老夫人はただ静かに、あれはロティではなくヴィオという方でしたと繰り返すのだった。
登場人物
- 明子 鹿鳴館の舞踏会に初めて臨む十七歳の令嬢。のちに老夫人となって一夜を回想する
- フランス人士官 明子と踊り、花火に人生の儚さを重ねて語る海軍将校。その正体は作家ピエール・ロティ
冒頭部(原文より)
明治十九年十一月三日の夜であつた。当時十七歳だつた――家の令嬢明子は、頭の禿げた父親と一しよに、今夜の舞踏会が催さるべき鹿鳴館の階段を上つて行つた。
「舞踏会」芥川龍之介(青空文庫)
末尾部(原文より)
が、H老夫人は不思議さうに青年の顔を見ながら何度もかう呟くばかりであつた。「いえ、ロテイと仰有る方ではございませんよ。ジュリアン・ヴイオと仰有る方でございますよ。」
「舞踏会」芥川龍之介(青空文庫)
名文
私は花火の事を考へてゐたのです。我々の生のやうな花火の事を。
鹿鳴館の舞踏会で明子と踊ったフランスの海軍将校が、夜空の花火を見上げて口にする言葉。華やかな夜のさなかに、生のはかなさを花火に重ねた一言として名高い。
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