狂乱(近松秋江)のあらすじ・登場人物
恥も外聞もない、男の妄執
- 恋愛
- 心理
- 文字数
- 40,252字
- 読了目安
- 約1時間21分
- 表記
- 新字新仮名
- 種別
- 小説
- 舞台
- 京都府
この作品について
近松秋江のいわゆる「黒髪」三部作の第二作。京都の女に執着する男の、みじめでいて滑稽なまでの妄執を描く私小説である。仏壇から出てきた二枚の写真に嫉妬をおぼえるところから始まり、女への疑いと未練が渦を巻いて、男は自分でも制しきれぬ「狂乱」へと落ちてゆく。恥も外聞もなく自らの醜さを書ききる徹底ぶりは、日本の私小説の極北と評され、痴情小説の名手としての秋江の名を決定づけた。
あらすじ
女の仏壇の中から、二人の男の写真が出てきた。すでに現世にいない者だと分かっていながら、「私」はそれが女の胸に懐かしい思い出として留まり続けていることに、捕捉しがたい嫉妬を覚える。見せろと言えば女は瞬く間に箪笥の小抽斗へ隠してしまう。羽織袴の三十恰好の男、洋装の四十年配の男——おそらくは去年の夏に死んだという日本画の画家だろうと見当をつけながら、「私」の想像はとめどなく膨らんでいく。女はいま自分ひとりのものだという歓びは、たちまち索然としたものに変わり、生命にも換えがたい宝がつまらぬ物のように思われてくる。疑いは疑いを呼び、詮索は詮索を招き、「私」は女の過去のすべてを暴き立てずにはいられない。やがて女は姿を消し、「私」は京の町から山越えの道までを、なりふりかまわず尋ね歩く。荷車に乗せてやろうという若い馬子の親切にも乗りきれず、行く手に重畳する山々を見て、ついに断念して引き返す。木津川の板橋を渡る頬に、雪を含んだ川風が斬るように吹きつけた。
登場人物
- 私 京都の女に執着し、嫉妬と妄執に狂う男
- 女 かつて男たちと関わりのあった、私が思い詰める相手
- 母親 女の母。娘の居所を隠しているらしい
冒頭部(原文より)
一 二人の男の写真は仏壇の中から発見されたのである。それが、もう現世にいない人間であることは、ひとりでに分っているのだが、こうして、死んだ後までも彼らが永えに、彼女の胸に懐かしい思い出の影像となって留まっていると思えば、やっぱり、私は、捕捉することの出来ないような、変な嫉妬を感じずにはいられなかった。
「狂乱」近松秋江(青空文庫)
末尾部(原文より)
「さあ、乗んなはれ」という。 私は、心に、若い馬子の深切を謝したものの、さすがにその荷車に乗りかねた。自分は、何の因果であの女が諦められぬのであろう、と感慨に迫りながら行く手の方を見ると、灰色空の下に深い山また山が重畳している気勢である。 「いや、もう、止そうか」と、若い馬子にいって、私はとうとう断念して引き返した。そしてまた木津川の長い板橋を渡ってくると、雪を含んだ冷たい川風が頬を斬るように水の面から吹いて来た。
「狂乱」近松秋江(青空文庫)
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