黒髪(近松秋江)のあらすじ・登場人物
祇園の女に狂う男の妄執
- 恋愛
- 文字数
- 23,512字
- 読了目安
- 約47分
- 表記
- 新字新仮名
- 種別
- 小説
- 舞台
- 京都府
この作品について
近松秋江の情痴小説を代表する作品で、「狂乱」「霜凍る宵」と続く三部作の発端をなす。京都・祇園の廓に身を置く女に深く執着する「私」が、その女に翻弄され、疑い、それでもなお離れられずに通いつめる姿を、包み隠さぬ一人称で綴る。みずからの妄執と醜態までも赤裸々にさらけ出す徹底した私小説として、自然主義文学のひとつの極点を示した。
あらすじ
「私」は、これまで数知れず見た女のなかで一番気に入った、京都・祇園の廓の女に深く心を奪われている。物静かでわざとらしさがなく、どこから見ても京の女であるその面影、とりわけ潤む黒眸がちの眼が忘れられない。女を知って四年目の夏、畿内の山で夏を過ごした「私」は、山を下りて雨の京都に入り、女のいた二階借りの住居が畳まれているのを知って落胆しながらも、馴染みの旅館に宿を取る。女には大阪に深く思う男があり、以前その男のもとにいる女を遠目に見て身を熬るような苦しみを覚えたこともあった。事情あって自由にならぬ身の女に、来るなと言われても「私」はどうしても離れられず、疑いと未練にさいなまれながら女のもとへ引き寄せられてゆく。零落した母娘の暮らしを目の当たりにし、女への憐れみと執着を募らせるなか、「私」は女の仏壇の陰に隠された二枚の男の写真を見つけてしまう。「これはどうした人か」と問う「私」の手から、女はむっとして写真を奪いとるのだった。
登場人物
- 私 京都・祇園の廓の女に執着する男。東京から幾度も京都へ通い、疑いと未練に苦しむ
- 女 祇園の廓に身を置く京の女。物静かで色白の美しさを持つが、大阪に深く思う男もいる
- 母親 女の母。零落した暮らしのなか、娘とともに祇園に移り住む
冒頭部(原文より)
……その女は、私の、これまでに数知れぬほど見た女の中で一番気に入った女であった。どういうところが、そんなら、気に入ったかと訊ねられても一々口に出して説明することは、むずかしい。が、何よりも私の気に入ったのは、口のききよう、起居振舞いなどの、わざとらしくなく物静かなことであった。そして、生まれながら、どこから見ても京の女であった。もっとも京の女と言えば、どこか顔に締りのない感じのするのが多いものだが、その女は眉目の辺が引き締っていて、口元などもしばしば彼地の女にあるように弛んだ形をしておらず、色の白い、夏になると、それが一層白くなって、じっとり汗ばんだ皮膚の色が、ひとりでに淡紅色を呈して、いやに厚化粧を売り物にしているあちらの女に似ず、常に白粉などを用いぬのが自慢というほどでもなかった。
「黒髪」近松秋江(青空文庫)
末尾部(原文より)
「おい、これはどうした人?」と、女の着物を畳んでいる背後から低い声をかけた。 すると女は、すぐこちらを振り顧りながら立って来て、「そんなもん見てはいけまへん」と、むっとしたように私の手からそれらの写真を奪いとった。
「黒髪」近松秋江(青空文庫)
原文を読む
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