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あじさい(佐藤春夫)のあらすじ・登場人物

病児の瞳が見つめる、部屋の一隅

  • 怪奇
  • 恋愛

佐藤春夫 1922年(大正11年)6月 「改造」

文字数
1,711字
読了目安
約3分
表記
新字新仮名
種別
小説

この作品について

夫を水難で失った女と、その女を思いつづけてきた男。仏壇の間で交わされるひそやかな会話のうしろに、死んだ男の気配がゆっくりと立ちのぼってくる——佐藤春夫の怪異小品。短編の名手ならではの一編である。

あらすじ

「あの人があんなふうにして不意に死んだのでなかったら」——女は目に涙をためて男に言う。長い患いのあとであれば、あの人はきっと、あなたと私とのことを、いいとか決していけないとか、はっきり言い置いたろうに、と。夫が溺れ死んでから七年、男はいまも独りでいる。二人の間柄を夫は口に出さずとも知っていた。それだからこそ自分をいっそうやさしくしたのだろう——そう思うと、女はどうしていいか心が迷うのだという。男は男で、打ち明けようか打ち明けまいかと迷っている言葉を抱えている。あの男が死んでさえくれたらと幾度思ったか知れない、その夫が溺れ死んだまさにその瞬間にも、遠くで自分はそれを思いつめていなかったとは言えない——と。六畳の仏壇の間、蒼白くやつれた六つの女の子の枕元から少し離れて女は座り、低い音で三味線を弄びながら畳を見据えている。まわり縁に人の来る気配がして男は起き直るが、誰もいない。そのとき眠っていた子どもが突然けたたましく泣き立て、母の顔も見ずに叫びつづけた。「お父さん! お父さん! お父さん! ……」。ここでなきゃ、仏壇の間でなきゃ寝ようとしないの、と女は言う。女はふと自分の背後をふりかえるが、そこには何もなかった。ただ病み疲れた子どもが、一そう大きく透明になった黒い瞳を見張って、母の肩ごしに部屋の一隅をいつまでも凝視していた。

登場人物

冒頭部(原文より)

 ――あの人があんなふうにして不意に死んだのでなかったら、仮にまあ長い患のあとででもなくなったのであったら、きっと、あなたと私とのことを、たとえばいいとか決していけないとか、何かしらともかくもはっきりと言い置いたろう……わたしはどうもそんな気がするのです。

「あじさい」佐藤春夫(青空文庫)

末尾部(原文より)

 女はふと自分の背後をふりかえって見なければならなかった。そこにはしかし、もとより何もなかった。ただ病み疲れた子供は、痩せおとろえて一そう大きく一そう透明になった黒い瞳をぱっちりと見張って、母の肩ごしに、空間を、部屋の一隅をいつまでも凝視した――。

「あじさい」佐藤春夫(青空文庫)

原文を読む

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