西班牙犬の家(佐藤春夫)のあらすじ・登場人物
雑木林の奥の不思議な洋館
- 幻想
- 文字数
- 7,131字
- 読了目安
- 約14分
- 表記
- 新字新仮名
- 種別
- 小説
この作品について
1917年(大正6年)1月の『星座』に発表された佐藤春夫の短編小説。夢見心地を好む読者に向けた副題を持つ。「私」は愛犬のフラテを人間以上に賢い友と信じ、散歩の行き先も犬に任せている。ある春の日、初めての横道へ入り、林の中を進むうちに、一軒の家が目の前に現れる。草屋根に西洋風の窓を備えたその家に、語り手の好奇心が向かっていく。草花の匂い、葉を透かす日差し、水の音などを順々にとらえる文章が、あてのない散歩の時間を作る。犬の表情を人の言葉のように読み取る語り口には、気ままな親しみとユーモアもある。遠くの町の位置や林の広さを測りかねる感覚が、見慣れたはずの土地を少しずつ未知の場所に変えていく。華やかな大邸宅というより、雑木林に紛れて立つ家のたたずまいから始まる幻想譚である。
あらすじ
「私」は愛犬フラテに導かれるまま、いつもとは違う道を通って山道を歩いてゆく。二時間近く歩いたところで見晴らしのよい場所に出ると、フラテはさらに雑木林の奥へと分け入ってゆき、「私」もそれについてゆく。林の奥深くで、フラテは西洋風の窓を持つ一軒の家を見つけて吠える。人の気配はあるのに応答がないその家を、「私」は窓越しにのぞき見る。部屋の中央には水が湧き出る石の水盤があり、卓の上には吸いさしの煙草の煙がまだ細く立ちのぼっていた。好奇心を抑えられず「私」は無断で家の中へ入り込むと、そこには真っ黒な西班牙犬が一匹、番人のように寝そべっていた。フラテとその犬はすぐに打ち解け、「私」は水盤や、風変わりな挿絵時計、机に積まれた洋書などを興味深く眺めて回る。やがて帰ろうと窓から家の中を振り返ると、西班牙犬がのっそりと起き上がり、人間の声で独りごとをつぶやいたかと思う間もなく、まばたきの間に眼鏡をかけた初老の男の姿に変わっていた。ぽかぽかと温かい春の日の午後、山の雑木林はただひっそりと静まりかえっている。
登場人物
- 私 語り手。愛犬フラテとの散歩の途中、森の奥の不思議な洋館に迷い込む
- フラテ 私の飼い犬。非常に賢く、いつも散歩の行き先を決める
- 西班牙犬 洋館にいた黒い犬。フラテとすぐ打ち解けるが、やがて中老人の姿に変わる
冒頭部(原文より)
フラテ(犬の名)は急に駆け出して、蹄鍛冶屋の横に折れる岐路のところで、私を待っている。この犬は非常に賢い犬で、私の年来の友達であるが、私の妻などは勿論大多数の人間などよりよほど賢い、と私は信じている。で、いつでも散歩に出る時には、きっとフラテを連れて出る。
「西班牙犬の家」佐藤春夫(青空文庫)
末尾部(原文より)
「ああ、今日は妙な奴に駭かされた。」 と、人間の声で言ったような気がした。はてな、と思っていると、よく犬がするようにあくびをしたかと思うと、私の瞬きした間に、奴は五十恰好の眼鏡をかけた黒服の中老人になり大机の前の椅子によりかかったまま、悠然と口にはまだ火をつけぬ煙草をくわえて、あの大形の本の一冊を開いて頁をくっているのであった。 ぽかぽかとほんとうに温い春の日の午後である。ひっそりとした山の雑木原のなかである。
「西班牙犬の家」佐藤春夫(青空文庫)
原文を読む
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