田園の憂鬱(佐藤春夫)のあらすじ・登場人物
「おお、薔薇、汝病めり!」
- 心理
- 文字数
- 79,149字
- 読了目安
- 約2時間38分
- 表記
- 新字旧仮名
- 種別
- 小説
- 舞台
- 神奈川県
この作品について
佐藤春夫が1918年(大正7年)、「中外」に発表した中編小説。神経を病んだ若い詩人が、都会の喧騒を逃れて妻や犬猫とともに武蔵野の外れの荒れた田舎家に移り住むが、憧れた田園の閑居がかえって彼を倦怠と憂鬱、幻覚の淵へと沈めていくさまを描く。庭に咲いた薔薇に病の兆しを見る「おお、薔薇、汝病めり!」の一句に象徴されるように、病んだ薔薇に自らの病んだ魂を重ね合わせる。作者自身の郊外生活の体験をもとに、鋭敏な感覚と耽美的な文体で近代人の神経と倦怠を描いた、大正文学を代表する心境小説である。
あらすじ
神経を病んだ若い詩人「彼」は、息苦しい都会の生活を逃れ、妻と二匹の犬、一匹の猫を連れて、武蔵野の南のはずれの草深い田舎に、荒れ果てた萱葺きの一軒家を借りて移り住む。静かな自然のなかでの安らかな暮らしと、深い眠りのような法悦とを憧れてのことだった。しかし、望んで得たはずの田園の閑居は、彼の心を癒すどころか、かえって得体の知れない倦怠と憂鬱、そして鋭敏すぎる神経がもたらす幻覚や幻聴の淵へと彼を沈めていく。妻とのかみ合わぬ心、まとわりつく退屈、じっとりとした緑の重苦しさ、庭に鳴きしきる鶏の声――彼の内面は少しずつ蝕まれ、うつうつと病み暮れていく。ある日、丹精した庭の薔薇の花に、彼はふと病みしおれた兆しを見てとる。その瞬間、彼の脳裡に「おお、薔薇、汝病めり!」という詩句が、天啓のようにどこまでも追いすがってくる。病んだ薔薇に自らの病んだ魂を重ね合わせるように、青年の憂愁は極まっていく。作者自身の郊外での生活体験に基づき、繊細な感覚と耽美的な文体で近代人の倦怠と神経の病を結晶させた、大正文学を代表する心境小説である。
登場人物
- 彼 神経を病んだ若い詩人。都会を逃れて田舎に移り住むが、かえって倦怠と憂鬱、幻覚の淵に沈んでいく
- 彼の妻 夫に従って田舎家へ移った若い妻。気難しく捉えどころのない夫の心をはかりかね、思い悩む
- フラテとレオ 彼が連れてきた二匹の飼い犬。新しい住まいにいち早くなじむ
冒頭部(原文より)
その家が、今、彼の目の前へ現れて来た。 初めのうちは、大変な元気で砂ぼこりを上げながら、主人の後になり前になりして、飛びまはり纏はりついて居た彼の二疋の犬が、やうやう柔順になつて、彼のうしろに、二疋並んで、そろそろ随いて来るやうになつた頃である。高い木立の下を、路がぐつと大きく曲つた時に、 「ああやつと来ましたよ」 と言ひながら、彼等の案内者である赭毛の太つちよの女が、片手で日にやけた額から滴り落ちる汗を、汚れた手拭で拭ひながら、別の片手では、彼等の行く手の方を指し示した。
「田園の憂鬱」佐藤春夫(青空文庫)
末尾部(原文より)
「おお、薔薇、汝病めり!」 その声は一体どこから来るのだらう。天啓であらうか。預言であらうか。ともかくも、言葉が彼を追つかける。何処まででも何処まででも……
「田園の憂鬱」佐藤春夫(青空文庫)
名文
その家が、今、彼の目の前へ現れて来た。
佐藤春夫『田園の憂鬱』の本文の書き出し。都会を逃れた「彼」が妻と犬を連れ、草屋根の家に初めて行き着く場面。
「おお、薔薇、汝病めり!」
庭の薔薇が虫に蝕まれているのを見た「彼」の口から、ある詩の一句がひとりでに繰り返し漏れ出る。神経の病みを象徴する作中屈指の名句。
原文を読む
原文は青空文庫で公開されています(アプリからも同じ本文をダウンロードして縦書きで読めます)。