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伸子(宮本百合子)のあらすじ・登場人物

結婚をめぐる自伝的長編

  • 恋愛
  • 心理

宮本百合子 1924年(大正13年)9月 「改造」

文字数
232,552字
読了目安
約7時間45分
表記
新字新仮名
種別
小説
舞台
  • 東京都

この作品について

宮本百合子の長編で、1924年(大正13)9月から『改造』に連載された。作者自身の若い日の体験をもとにした自伝的な作品として知られる。主人公の伸子はアメリカ滞在中に年上の学者と出会い、周囲の反対を受けながらも結婚へ向かう。結婚と家庭、そして女性が自分の人生をどう選び取るかという問いが、伸子の目を通して追われる。のちの『二つの庭』『道標』へ続く連作の出発点でもある。

あらすじ

父の佐々に伴われてアメリカに滞在する二十歳の佐々伸子は、ニューヨークで、古い日本の言語学者・佃と知り合う。孤独な佃に惹かれた伸子は、彼のなかに自分が支え育てるべきものを見出し、身分も年齢も釣り合わぬとする周囲の反対を押し切って結婚する。しかし帰国して東京で暮らし始めると、二人のあいだの溝は次第にあらわになる。佃は伸子をひたすら妻の座に囲い込もうとし、学問への情熱も失って、伸子の成長を望むどころか彼女の自由を恐れる。書くこと、学ぶこと、自分自身として生きることへの渇望は、日々の夫婦生活のなかで行き場を失ってゆく。伸子は、愛していたはずの相手との暮らしがいつしか牢獄のようになっていることに苦しみ、罪悪感と反発とのあいだで激しく揺れる。やがて彼女は、たとえ世間からどう見られようとも、飼鳥のように守られて生きることを拒み、自らの意志で佃のもとを去る決意を固める。網を切られて籠を飛び立つ小鳥と、一羽だけ籠へ戻る鳥――その情景に、伸子は自分の選び取るべき生き方を重ねる。作者自身の最初の結婚と離婚に取材し、一人の若い女性が既成の結婚と因習を破って自立へ歩み出すさまを、克明な心理描写で描き切った。近代日本文学における女性の自我の確立を告げる代表作である。

登場人物

冒頭部(原文より)

 伸子は両手を後にまわし、半分明け放した窓枠によりかかりながら室内の光景を眺めていた。  部屋の中央に長方形の大テーブルがあった。シャンデリヤの明りが、そのテーブルの上に散らかっている書類――タイプライタアの紫インクがぼやけた乱暴な厚い綴込、隅を止めたピンがキラキラ光る何かの覚え書――の雑然とした堆積と、それらを挾んで相対し熱心に読み合せをしている二人の男とをくっきり照して、鼠色の絨毯の上へ落ちている。  部屋じゅうを輝かす灯が単調であるとおり、二人の男の仕事も単調でつまらなかった。ホームスパンの服を着た、浅黒い瘠せた男が左手に綴込を持ち、眼をくばり、頁をめくり、どんどん桁の多い数字を読みあげて行く。向い合って、伸子の父の佐々が椅子に浅くかけ、青鉛筆を持って油断なく数字をチェックしていた。

「伸子」宮本百合子(青空文庫)

末尾部(原文より)

と呟きつつ、鋏で網を剪り始めた。バリリ、バリリ、片端から網がめくれ上るのが、伸子の坐っているところから見えた。小鳥どもは、俄な変動に驚き、片隅により集り、悲しげに騒ぎ立てた。大きい穴ができると、佃は、はたはた網の後を叩いた。礫のようについと一羽の十姉妹が破れ目から庭へ飛び去った。続いて紅雀、残った十姉妹。あるものはすぐ縁側の下の沈丁花のこんもりした枝に止った。あるものは、もっと遠い梅の梢まで翔び、急に放たれた空気の広さと自由さを信じ得ないようにチッチッと啼いた。すると、何を思ったのか、一羽の十姉妹が、縁側までふっと戻って来た。頭を傾け、傾け、破られた網の口を見ていたが、ちょいと跳んでまた元の籠に入ってしまった。佃も伸子も、鳥の動作にいつか気を奪われ眺めていたが、彼は意外に十姉妹の戻ったのを見ると、いきなり砕けそうに伸子の手を掴んだ。 「ああ、ああ、鳥でさえ帰って来るのに――……君は……君は……」  苦々しい心が湧き、伸子は目を逸した。飼鳥になっては堪らない。そういう心持がした。伸子の視線の行手に夕方の空が見えた。都会の卵色の濁った夕空の前に庭の松が黒く見えた。非常に鮮やかにくっきり、松葉の一本一本が黒く見えた。

「伸子」宮本百合子(青空文庫)

名文

苦々しい心が湧き、伸子は目を逸した。飼鳥になっては堪らない。そういう心持がした。

宮本百合子『伸子』の結び近く。籠に戻った十姉妹になぞらえて引き留める夫・佃に、伸子は飼われる鳥にはなるまいと心を決める。

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原文は青空文庫で公開されています(アプリからも同じ本文をダウンロードして縦書きで読めます)。

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