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乳房(宮本百合子)のあらすじ・登場人物

託児所を支える母たちの日々

  • 社会
  • 心理

宮本百合子 1935年(昭和10年)4月 「中央公論」

文字数
27,932字
読了目安
約56分
表記
新字新仮名
種別
小説
舞台
  • 東京都

この作品について

宮本百合子が1935年(昭和10年)、「中央公論」に発表した短編小説。労働運動の拠点をかねた託児所を営む主人公ひろ子を通して、弾圧下に生きる女性と、母たち・子どもたちの姿を描くプロレタリア文学の一編である。夫を獄につながれながらも、乳飲み子を抱えた母たちのあいだで運動を支えつづけるひろ子の日々に、「乳房」という母性の象徴が重ねられている。

あらすじ

ひろ子は、貧しい下町の一角で、労働運動の拠点をかねた小さな託児所を営んでいる。ある深夜、雨戸を叩く音に起こされると、運動の仲間である大谷が訪ねてきて、明朝、柳島の組会(労働組合の会合)へ自分の代わりに出てほしいと頼む。強制調停への不服に馘首の公表が重なり、市電の各車庫は再び動揺しはじめているのだった。託児所には、乳飲み子を抱えた若い母や、タミノのような娘たちが身を寄せ、そのうちの一人、沢崎キンは何の理由もなく三ヵ月近くも警察の留置場に留めおかれている。ひろ子の夫・重吉もまた獄中にあり、彼女は差し入れのジャケツを編みながら、日々くり返される検挙と弾圧のなかで、母たちと子どもたちを守り、運動を支えつづける。次々と仲間が引っぱられ、自分がいまのがれている一ときが夕方まで続くのか、明日まで続くのかさえ見当がつかない――そんな緊張の日々にあってなお、ひろ子は、上り端の鴨居に不当な検挙を告発する貼り紙をし、獄中の夫のためのジャケツを託し、なすべきことを一つ一つ果たしてゆく。弾圧下を生きる女性の意志と、母性のたくましさを、百合子が凛とした筆で描いたプロレタリア文学の一編である。

登場人物

冒頭部(原文より)

 何か物音がする……何か音がしている……目ざめかけた意識をそこへ力の限り縋りかけて、ひろ子はくたびれた深い眠りの底から段々苦しく浮きあがって来た。  真暗闇の中に目をあけたが頭のうしろが痺れたようで、仰向きに寝た枕ごと体が急にグルリと一廻転したような気がした。寝馴れた自分の部屋の中だのに、ひろ子は自分の頭がどっちを向いているか、突嗟にはっきりしなかった。

「乳房」宮本百合子(青空文庫)

末尾部(原文より)

 自分がこの今の一ときはのがれているその永続性が、夜までつづくか、あしたまでつづくものか、ひろ子には見当がつかなかった。ひろ子はひとりで二階へ上って見た。三畳のテーブルのまわりが取乱されている。テーブルの下の畳へ、ペン軸が上から乱暴にころがり落ちたまま突刺さっていた。しずかにそれをぬきとり、ひろ子はそれをいじりながら、夕方子供の迎えに来る親たちで、そのまま会合を持つ方針を立てた。それから下へおりて行って、小倉に一つの包みを託した。なかみは、獄中の重吉のための一着のジャケツであった。

「乳房」宮本百合子(青空文庫)

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