山谿に生くる人々(葉山嘉樹)のあらすじ・登場人物
天龍の谿に山が動き出す
- 社会
- 心理
- 文字数
- 33,700字
- 読了目安
- 約1時間7分
- 表記
- 新字新仮名
- 種別
- 小説
- 舞台
- 長野県
この作品について
1934年(昭和9年)10月と1935年1月の「改造」に分けて発表された中編。副題は「――生きる為に――」。代表作「海に生くる人々」の題に山を重ねたもので、舞台は葉山嘉樹自身が働いた天竜川峡谷の鉄道工事場である。借金の催促状に頭を熱くする土方の大山、飯場の飯炊女お睦をめぐる若い衆の騒ぎ、白粉を塗って東京音頭を吹く小男の林田——谷底のバラック街の暮らしを積み重ねたうえで、旅館「緑屋」の真上の山が崩れはじめる。海の労働を書いた作家が、そのまま山へ移って書いた生活の記録である。
あらすじ
天竜川の峡谷を貫く鉄道工事場。土方の大山のもとに、朝鮮で兄が死んだという叔母のハガキが届く。十数年前に二人の子を亡くしたときの、原因の分からぬ夢がまたよみがえってきた。上が暗く土だけが白いこの谷底では、光線が下から這い上がり、煙は上から這い下がる。何もかもあべこべの現実のなかで、大山は借金の催促状に頭を熱くし、女房と金の話をし、一里半の峻坂を登れない八つの息子を山へ放つ。飯場の暮らしは騒がしい。東京から来た飯炊女のお睦をめぐって若い衆の親切競争が起こり、徴兵検査を控えた小男の林田は、お睦の白粉と着物で東京音頭を吹いて座を沸かせる。田の水路と便所の柱をめぐって農民と揉め、川向いの火葬場からはチフスの季節になると日に二つも煙が上がる。ある日、堰堤の工事で玉石が抜け、抱き合ったまま二人が放水路へ落ちた。一人は渦で這い上がり、一人は流された——浜松を越えれば太平洋である。そして六月。旅館「緑屋」の真上、四、五十尺に切り取られた岩盤に、玉葱のような断層の理が走っていることが分かる。パラパラと砂が落ち始め、飯場頭の小林が叫ぶ。「山が来るんだ」。大山は山羊も下りない急斜面を飛び下り、緑屋の人々を表へ追い出した。椿の木の下から皆が見上げるなか、山は底鳴りを立てて滑り落ちる。
登場人物
- 大山 天龍川の鉄道工事場で働く土方。借金と過去を背負い、ハッパ押えの役に就いている
- 小林 飯場頭。山の崩壊をいち早く見抜き、「山が来るんだ」と叫ぶ
- お睦 東京から来た飯炊女。屋根の下を嫌い、飯場の若い衆を掻き回す
- 林田 徴兵検査の年を迎えた小男。白粉を塗って東京音頭を吹き、朝鮮人労働者とも親しい
- 緑屋のおかみ 四十年前から山の真下に住む旅館の女将。落石と断水のたびに掛け合いに来る
冒頭部(原文より)
何たる事であろう。 大山は、大山の兄の死を待っていたのだ。という事を十数年後の今になって、ハッキリ知ったのである。 大山は、その二人の子供が死んだ、という知らせを受け取ったのは、木曽川の落合川の発電所で働いている時であった。 そして今、十数年後、木曽駒ヶ岳、恵那山などの山によって距てられる、天龍河畔の鉄道工事場で、今度は叔母からの通信で、兄が朝鮮で死んだ、ということを知ったのである。
「山谿に生くる人々」葉山嘉樹(青空文庫)
末尾部(原文より)
太陽は、ゆっくりと中央アルプス連峰の方へ、歩いて行った。まだ日は高かった。 が、何かしら、大きな仕事を成し終えた時のような、安堵の心とうつろな魂の疲れが人々を捕えた。 川下に死体を探しに行った、堰堤の方の人々は、まだ帰らなかった。 川舟が上り、雨が降って、眠れる天龍が、起こって雲を呼び、雨を降らし、川底の石を転がすようになっては、死体の捜索は困難というよりも、至難になるであろう。
「山谿に生くる人々」葉山嘉樹(青空文庫)
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