浚渫船(葉山嘉樹)のあらすじ・登場人物
行李ひとつで放り出された
- 社会
- 文字数
- 5,208字
- 読了目安
- 約10分
- 表記
- 新字新仮名
- 種別
- 小説
- 舞台
- 神奈川県
この作品について
1926年(大正15年)、「文芸戦線」に発表された短編。船上の事故で足を砕かれた水夫が、手当も補償もないまま懲戒下船させられ、二等運転士に付き添われて海事局へ向かう夜明けの数十分を描く。「一億円の資本を擁する大会社」と、行李ひとつを担いだ一人の労働者。橋の上から役に立たなくなった行李を運河へ投げ込む男の目に、朝の光の中で蒸気を上げ始める浚渫船が映る。舞台となる汽船・万寿丸は長編「海に生くる人々」と同じ名を持つ。
あらすじ
「私」の担いだ古行李には、死んだ人間の臓腑のように「もう役に立たない」ものばかりが詰まっている。船上の事故で左足の踝を砕かれ、綿を押し込んだだけの手当で放置されたまま、傷は化膿していた。それでも会社は治療費も傷害手当も出さず、懲戒下船の手続きだけを取った。「嘆願さえすれば船長も涙金くらい寄越す」となだめる二等運転士に、「私」は食ってかかりながら海事局へ向かう。一歩ごとに走る痛みに耐えかね、運河にかかる橋の上で行李を下ろして腰かけた。眼下では浚渫船が腰を据え、デッキの七輪から石炭の煙が上がっている。やがて「私」は行李を運河へ力一杯放り込んだ——「首なし死体を投り込んだんだよ」。振り返ると二等運転士は消えていた。自動車で助け乗せてくれる小説のヒロインも、もちろんいない。夜明けの風は爽やかで、浚渫船の船頭夫婦は朝飯を食い、火夫は「昨夜はもてたかい?」と笑って怒鳴ってくる。蒸気が上がり、轟音が朝を掻き裂いて、運転手も火夫も機械に吸い込まれていった。遊んでいては食えない、だから働く。働いて怪我をしても、働けなくなれば食えない——「私」は一つの重い計画を行李の代わりに背負って、桟橋へ引き返す。
登場人物
- 私 万寿丸で足を砕かれ、補償もないまま懲戒下船させられた水夫
- セコンドメイト 「私」に付き添う二等運転士。会社と船長の側から穏便な解決をすすめる
- 浚渫船の船員たち 運河で朝を迎え、蒸気を上げて働きにかかる男たち
冒頭部(原文より)
私は行李を一つ担いでいた。 その行李の中には、死んだ人間の臓腑のように、「もう役に立たない」ものが、詰っていた。 ゴム長靴の脛だけの部分、アラビアンナイトの粟粒のような活字で埋まった、表紙と本文の半分以上取れた英訳本。坊主の除れたフランスのセーラーの被る毛糸帽子。
「浚渫船」葉山嘉樹(青空文庫)
末尾部(原文より)
運転手がハンドルを握った。静寂が破れて轟音が朝を掻き裂いた。運転手も火夫も、鋭い表情になって、機械に吸い込まれてしまった。 ――遊んでちゃ食えないんだ。だから働くんだ。働いて怪我をしても、働けなくなりゃ食えないんだ!―― 私は一つの重い計画を、行李の代りに背負って、折れた歯のように疼く足で、桟橋へ引っ返した。
「浚渫船」葉山嘉樹(青空文庫)
原文を読む
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