牢獄の半日(葉山嘉樹)のあらすじ・登場人物
揺れる獄舎に鍵は開かれない
- 社会
- 文字数
- 7,672字
- 読了目安
- 約15分
- 表記
- 新字新仮名
- 種別
- 小説
- 舞台
- 愛知県
この作品について
1924年(大正13年)、創刊まもない「文芸戦線」に発表された短編。労働運動で検挙され名古屋刑務所に未決囚として収監されていた葉山嘉樹自身の体験を、ほぼそのまま書きつけた作品である。関東大震災の当日、遠く名古屋の獄舎を襲った強い揺れのなかで、看守は逃げ、扉は開かれず、被告たちは監房に閉じ込められたまま置き去りにされた。ガラスで足を切りながら扉を蹴り、看守長を問い詰める「私」の怒りを通して、権力の下にある者の生命がいかに軽く扱われるかを刻みつけた、作家の出発点をなす一編。
あらすじ
一九二三年九月一日、「私」は名古屋刑務所の監房にいた。労働運動で検挙され、未決のまま数ヶ月。高い窓の鉄棒に掴まって南瓜畑を眺めながら、風も光も自分から奪われていることを噛みしめる。昼過ぎ、強い揺れが襲った。全被告が声を合わせて扉を開けてくれと頼んだが、いつもは頻繁に巡回する看守が姿を見せない。押しつぶされるくらいならと扉に体をぶつけ、板壁を蹴った「私」は、落ちてきた電球の覆い硝子で足を切り、血の滴る足を食事窓から突き出して振る。それでも誰も来ない。やがて鉄窓の向こう、塀の外から同志の演説が聞こえ、獄舎じゅうから歓声が湧いた。三時間も経ってようやく現れた看守長は、「何でもないと分かっていたから出さなかった」と言う。ならばなぜお前たちは逃げたのか——問い詰める「私」の足を、医者が過酸化水素で洗う。面会に来たブリキ屋の山田君の報告で、看守長たちが庭へ避難していた事実が裏づけられた。面会の帰り、「私」は廊下に坐り込んで動かない。「典獄に会わせろ」。死刑の宣告を受けていない以上、監房へは戻らない、と。
登場人物
- 私(波田) 労働運動で検挙され、名古屋刑務所に未決で収監されている元船員
- 看守長 地震は無事に収まると分かっていたと言い張る刑務所の役人
- 山田君 面会に来たブリキ屋の同志。看守長たちの避難を「私」に報せる
冒頭部(原文より)
一 ――一九二三年、九月一日、私は名古屋刑務所に入っていた。 監獄の昼飯は早い。十一時には、もう舌なめずりをして、きまり切って監獄の飯の少ないことを、心の底でしみじみ情けなく感じている時分だ。
「牢獄の半日」葉山嘉樹(青空文庫)
末尾部(原文より)
私は、面会の帰りに、叩きの廊下に坐り込んだ。 ――典獄に会わせろ。 誰が何と言っても私は動かなかった。 ――宇都の宮じゃないが、吊天井の下に誰か潜り込む奴があるかい。お前たちは逃げたんじゃないか。死刑の宣告受けてない以上、どうしても俺は入らない。 私は頑張った。
「牢獄の半日」葉山嘉樹(青空文庫)
原文を読む
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