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播州平野(宮本百合子)のあらすじ・登場人物

焼跡の国土を東へ西へ行く旅

  • 社会

宮本百合子 1946年(昭和21年)3月 「新日本文学」

文字数
106,683字
読了目安
約3時間33分
表記
新字新仮名
種別
小説
舞台
  • 福島県
  • 兵庫県

この作品について

宮本百合子が1946年(昭和21)3月、『新日本文学』に発表した戦後の長編。敗戦の日を迎えた主人公ひろ子が、汽車や荷馬車を乗り継いで国内を移動する旅が描かれる。獄中にある夫を待つひろ子の視点で、戦火に荒れた土地と、そこに暮らす人々の姿が見つめられる。同年に発表された『風知草』と並び、戦後の百合子の出発を示す作品として知られる。

あらすじ

一九四五年八月十五日、疎開先の福島でひろ子は敗戦の日を迎える。夫の重吉は治安維持法によって長く獄につながれたままだ。灯火管制の解けた夜、ひろ子の胸には、ようやく訪れようとしている解放への期待と、これまで耐え抜いてきた歳月への思いとが去来する。やがて彼女は、夫のもとへ、そして新しい時代の始まりへと向かって、焼け跡の日本を旅立つ。すし詰めの汽車に揺られ、行く先々で戦争の傷痕と、それでも生き直そうとする人々の姿を見つめてゆく。海峡をめざして西へ移動してゆく朝鮮の人々、廃墟と化した工場、それでも金色に輝く播州平野の秋――。旅の終わり、ひろ子は荷馬車に乗り、あるいはその傍らを歩む若者たちとともに、のどかな国道を目的地へと進んでゆく。「日本じゅうが、こうして動きつつある」。長い抑圧の時代が終わり、国土全体が新しい生へと動き出す予感を、ひろ子は全身で感じ取る。作者自身の体験に根ざし、解放の希望に満ちた叙情で戦後文学の出発を告げた代表作である。

登場人物

冒頭部(原文より)

 一九四五年八月十五日の日暮れ、妻の小枝が、古びた柱時計の懸っている茶の間の台の上に、大家内の夕飯の皿をならべながら、 「父さん、どうしましょう」 ときいた。 「電気、今夜はもういいんじゃないかしら、明るくしても――」  茶の間のその縁側からは、南に遠く安達太郎連山が見えていた。その日は午後じゅうだまって煙草をふかしながら山ばかり眺めていた行雄が、 「さあ……」  持ち前の決して急がない動作でふり向いた。そして、やや暫く、小枝の顔をじっと見ていたが、 「もうすこしこのまんまにして置いた方が安全じゃないか」

「播州平野」宮本百合子(青空文庫)

末尾部(原文より)

 微風に梳かれる秋陽は、播州の山々と、畑、小さい町とそこの樹木を金色にとかし、荷馬車は、かたり、ことりと一筋の国道の上を、目的地に向って、動いてゆく。かた、ことと鳴る轍の音は不思議に若者たちの陽気さと調和した。そしてひろ子の心に充ち溢れる様々の思いに節を合わせた。この国道を、こうして運ばれることは、一生のうちに、もう二度とはないことであろう。今すぎてゆく小さな町の生垣。明石の松林の彼方に赤錆て立っている大工場の廃墟。それらをひろ子は消されない感銘をもって眺めた。日本じゅうが、こうして動きつつある。ひろ子は痛切にそのことを感じるのであった。

「播州平野」宮本百合子(青空文庫)

名文

この国道を、こうして運ばれることは、一生のうちに、もう二度とはないことであろう。今すぎてゆく小さな町の生垣。明石の松林の彼方に赤錆て立っている大工場の廃墟。それらをひろ子は消されない感銘をもって眺めた。日本じゅうが、こうして動きつつある。ひろ子は痛切にそのことを感じるのであった。

『播州平野』の結び。敗戦の秋、夫・重吉のもとへ荷馬車で向かうひろ子が、動きはじめた戦後の日本を全身で感じとる。

原文を読む

原文は青空文庫で公開されています(アプリからも同じ本文をダウンロードして縦書きで読めます)。

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