戦争と一人の女(坂口安吾)のあらすじ・登場人物
どうせ滅茶々々になるだらうから
- 恋愛
- 社会
- 文字数
- 9,212字
- 読了目安
- 約18分
- 表記
- 新字旧仮名
- 種別
- 小説
- 舞台
- 東京都
この作品について
戦争が全てを滅茶々々にするならば、自分たちも今から滅茶々々になっておこう——そんな約束で同棲を始めた男と女の、空襲下の日々を描いた坂口安吾の中編。戦争が終わってしまったことへの奇妙な失望が、「堕落論」と同じ年に書かれたこの作品を貫いている。
あらすじ
野村は戦争中、一人の女と住んでいた。夫婦と同じ関係ではあるが女房ではない。始めからその約束で、どうせ戦争が負けに終わって全てが滅茶々々になるのだから、その滅茶々々が二人自体のつながりの姿なのだ、家庭的な愛情などというものは二人とも持っていなかった——そう説明される。女は小さな酒場の主人で妾でもあった、生来の淫奔な女である。酒が入手難になり営業がむずかしくなると、あっさり店をやめて野村と同棲した。「厭になつたら出て行くがいゝさ」と、野村は始めからそう言って女を迎えたのだ。二人の暮らしは、空襲警報とともにある。焼夷弾が落ち、隣家が燃え、逃げまどい、火が消えれば茶を飲む。女は肉体に正規な愛情のよろこびを持たず、野村は野村で、明日にも死ぬかもしれないという前提でしか女を見ていない。滅びが確実であるからこそ、二人はそのままの姿でいられた。ところが、隣家の火勢が衰え、二人の家は焼け残る。そして戦争は終わってしまった。空襲もサイレンもなくなり、「有り得ないことのやうだね」と野村は言う。滅びが来ないとなれば、この関係はどうなるのか。女のわがままを見ぬふりをして一緒に暮らすだけの茶気は持ちきれない、と野村は考えはじめる。「もう、戦争の話はよしませうよ」と苛立たしげに言って、女はぐらりと振り向き、仰向けに寝ころんで「どうにでも、なるがいゝや」と目を閉じた。戦争は終わったのか——野村は女の肢体を眺めながら、ますますつめたく冴えわたるように考えつづけた。
登場人物
- 野村 滅びを前提に女と暮らす男
- 女 もと酒場の主人。淫奔で欲のない女
冒頭部(原文より)
野村は戦争中一人の女と住んでゐた。夫婦と同じ関係にあつたけれども女房ではない。なぜなら、始めからその約束で、どうせ戦争が負けに終つて全てが滅茶々々になるだらう。敗戦の滅茶々々が二人自体のつながりの姿で、家庭的な愛情などといふものは二人ながら持つてゐなかつた。
「戦争と一人の女」坂口安吾(青空文庫)
末尾部(原文より)
「もう、戦争の話はよしませうよ」 苛々したものが浮んでゐた。女はぐらりと振向いて、仰向けにねころんで、 「どうにでも、なるがいゝや」 目をとぢた。食慾をそゝる、可愛いゝ、水々しい小さな身体であつた。 戦争は終つたのか、と、野村は女の肢体をむさぼり眺めながら、ますますつめたく冴えわたるやうに考へつゞけた。
「戦争と一人の女」坂口安吾(青空文庫)
原文を読む
原文は青空文庫で公開されています(アプリからも同じ本文をダウンロードして縦書きで読めます)。