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赤い手帖(山川方夫)のあらすじ・登場人物

手帖の中だけにある愛

  • 恋愛
  • 心理

山川方夫 1962年(昭和37年)5月 「ヒッチコック・マガジン」

文字数
6,617字
読了目安
約13分
表記
新字新仮名
種別
小説
舞台
  • 東京都

この作品について

ラジオの帯ドラを演出する二十七歳の男が、深夜喫茶の向かい席に忘れられた赤革の手帖を、なんとなくポケットに入れる——山川方夫の連作「親しい友人たち」の一編。手帖には、十代の男女が交わした筆談がぎっしり残されていた。上の空で流れていく毎日に、鋭い一撃を加える一編。

あらすじ

録音の出来は最低で、局を出たのは午前二時をまわっていた。同じ方角へ帰る若い女優に手をかけたが、「今夜は先約なの」とかわされ、原宿の女優の部屋も留守。下宿の門限も過ぎて行き場を失った彼は、新宿の深夜喫茶に入った。空いていたのは、頬をくっつけてひそひそ話す若いカップルの向かい席だけだった。彼の存在を気にした二人は話をやめ、娘が赤革の手帖を出して筆談をはじめる。工員ふうの黄色いジャンパーの男と、喉もとまで釦をはめたピンクのカーディガンの娘。まだ十七か八だろう。彼は腕を組んで眠った。……朝九時、店を出るとき、卓の上に残された赤革の手帖を、彼は紙屑をつかむついでのようにポケットへすべりこませた。午後、レストランで思い出して読んでみる。『どうしてあやまるの? 私に』『ワカってるはずだよ』『純。ほんとに、私を愛している?』『愛している。ココロカラ』『コワクテ、イタイノ、アイッテ。フフフ』。二人はそれぞれ左右の頁を自分の頁にして、愛という言葉に妙にこだわっている。ませてやがるな、いまどきのハイ・ティーンなんてわけがわからねえや、おれも二十七か——そう思いながら彼は局へ戻った。夕方、下宿へ向かう電車で買った夕刊の社会面に、彼はその二人を見つける。今朝、新宿のホテルで心中していた。吉田朝子一七歳、湯浅純一六歳。他愛のない戯言と読んだ文字は、死を決意した二人の言葉だったのだ。

登場人物

冒頭部(原文より)

 その夜は、彼はまったくついていなかった。  木曜日で、彼の演出している帯ドラの一週間分の録音をしてしまう夜だった。だいたいがやっつけ仕事めいた番組だが、その夜の出来はことにひどかった。だれも口に出していわなかったにせよ、みんな、こんなのは最低以下さと内心で思っているのにちがいなかった。  放送局を出たのは、それでも二時をまわっていた。同じ方角にかえるタレントやスタッフたちを一まとめにして、それぞれに車の手配をする。最後の一台に彼は乗った。仕出し役につかったまだ若い女優が二人、すでに後のシートに坐っていた。

「赤い手帖」山川方夫(青空文庫)

末尾部(原文より)

 ふいに、近くで若い女の元気な笑い声が聞こえた。それが、昨夜のあの気やすげなグラマラスな女の顔を、彼に思い出させた。――急に、恐怖が彼をつかんだ。そのとき、彼はふとこの電車の中で、彼だけが一人の死者のような気がしたのである。  ポケットの上から、彼はあの手帖をしっかりと握りしめた。飛ぶようにネオンの灯が窓を流れ過ぎて、色褪せた空の下に、街は急速に夜の色を濃くしていた。

「赤い手帖」山川方夫(青空文庫)

原文を読む

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