自殺を買う話(橋本五郎)のあらすじ・登場人物
自殺買いたし、委細面談
- ミステリ
- 文字数
- 7,685字
- 読了目安
- 約15分
- 表記
- 新字新仮名
- 種別
- 小説
この作品について
新聞の広告欄に載った「自殺買いたし、委細面談」——その奇怪な一行から始まる、昭和初期の探偵小説。書き手は「探偵趣味」に拠った橋本五郎で、江戸川乱歩がその詩人の資質を認めた作家である。トリックで読ませる謎解きではなく、死を売り買いするという着想の底に、貧しさと善意と孤独をにじませた、哀感のこもった一編。
あらすじ
職を失った「私」は、新聞の案内広告を眺めていて、雑件の欄に目を疑う一行を見つける。「自殺買いたし、委細面談。但し善良なる青年のものに限る」。広告主は、親しい友人である青年画家の野々村新二であった。尋常ではないと感じた私は彼を訪ね、なぜそんな広告を出したのかとたずねる。野々村は憂鬱な表情で、その因縁を語りはじめた——まだ絵の具も買えぬほど困窮していたころ、彼は荒れ寺の縁で空腹に倒れ、死を思いつめていた。そこへ現れたのが、同じく死を決意した青年・伴田氏である。伴田は野々村に、自分の「自殺」を買い取ってほしいと申し出た。すなわち、自分が死ぬかわりに、その者が生きて志を遂げてくれるなら財産のすべてを与えるという。使いに出された野々村が三百円を受け取って戻ってみると、恩人は剃刀で咽喉を切って死んでいた。遺書に導かれ、その金で野々村は絵の勉強を続け、今日の地位を得たのである。「それを思うと非常に心苦しいのだが、僕にもまた、伴田氏同様の運命が訪れている」——さすがに私は、自殺を買ってくれとは言い出せなかった。友の身を気づかい、永久にその売手の現れないことを祈りながら、私は哀しい友の家をあとにする。町々には、柔しい冬の陽が解けかけていた。
登場人物
- 私 職を失い、友を訪ねる語り手
- 野々村新二 「自殺買いたし」の広告を出した青年画家
- 伴田氏 自らの自殺を野々村に「売った」青年
冒頭部(原文より)
――妻らしき妻を求む。十八歳以上二十七八歳までの、真面目にして且愛嬌あり、常識を有し、一生夫に忠実にして、血統正しく上品なる婦人ならば、貧富を問わず、妻として迎え優遇す。 そんな広告に微笑しながら、新聞の案内広告を見ていた私は、その雑件と云う条に至って、思わず新聞をとり直した。 ――自殺買いたし、委細面談。但し善良なる青年のものに限る。××町野々村――。
「自殺を買う話」橋本五郎(青空文庫)
末尾部(原文より)
「僕への遺書があってね、僕はそれで現在まで勉強することが出来た。今日こうして生活出来るのも、皆伴田氏のお蔭なんだ。それを思うと非常に心苦しいのだが、僕にもまた、伴田氏同様の運命が訪れている――」 流石に私も、自殺を買って呉れとは云い得なかった。私は友の身を気づかいながら、永久にその売手の現れないことを祈りながら、若しくはその借用者の、善良な女性の中に現れることを祈りながら、この哀しい友の家を後にしたのであった。 町々には、柔しい冬の陽が解けかけていた。
「自殺を買う話」橋本五郎(青空文庫)
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