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地図にない街(橋本五郎)のあらすじ・登場人物

地図にない町の一週間

  • ミステリ
  • 幻想

橋本五郎 1930年(昭和5年)4月 「新青年」

文字数
16,139字
読了目安
約32分
表記
新字新仮名
種別
小説
舞台
  • 東京都

この作品について

「私」にこの物語を語って聞かせた寺内という男は、その日の夜、自ら柱に頭を打ちつけて死んだ——橋本五郎が「新青年」に発表した代表作の一つ。無一文で浅草の瓢箪池のベンチに沈んでいた青年に、毛布をまとった一人の老人が声をかける。煙草も湯銭も食事も、都会のぬけ裏を使えば只で手に入るのだという。やがて彼が案内されたのは、参謀本部の地図にも載っていない一区劃だった。

あらすじ

瘋癲病院の一室で、寺内氏は「私」にこの物語をした。氏はその日の夜七時ごろ、自ら部屋の柱に頭を打ちつけて死んだ。病死として万事は終わっている——。物語は、氏が二十幾歳の春に体験した、ものおかしい冒険からはじまる。……職を失い一文なしになった氏は、浅草の瓢箪池のベンチで履歴書も辞令も戸籍謄本も空の蟇口も池へ投げ捨て、自棄の笑いをあげた。すると同じベンチの反対の端で、ボロ毛布を巻いた老人が同じように笑ったのである。老人はバナナを分け、煙草をどこかからもらってきて、湯銭をこしらえて風呂に誘い、無料宿泊所へ泊めてくれた。翌朝、老人は都会のぬけ裏を語る。射的屋を十二軒まわれば煙草が手に入ること、盛り場には十銭や十五銭の落ちている穴があること、組合の食堂には労働者を装えば入れること。「全く周囲に交渉のない罪なら、社会的にはそれは少しも罪ではないからな」。……老人はさらに、金では買えぬ「いいこと」があるといい、日比谷公園で氏を待たせた。木立から短刀を持った男が飛び出し、氏の詰襟と自分の大島とを強引に取り替えて逃げ去る。立派な青年になった氏に、老人は公園の土へ石で道順を描いてみせた。三越と駅を結ぶ線、白いポストの煙草屋、四軒目で分かれる路地、黒い板塀。「この町には名前がないんだからな、こんな町は参謀本部の地図にだってありはしない」。そこで口笛を吹いて歩けば、きっといいことが起こる、と。——氏はその通りにして、美代子という美しい女と忘れがたい一週間を過ごす。だがその家を出た直後、一台の自動車が執拗に氏を追い、轢き殺そうとしたのだった。

登場人物

冒頭部(原文より)

 私にこの物語をして聞かせた寺内とかいう人は、きくところによると、昨年の十一月末、ちょうど私がこれを聞いて帰ったその日の夜七時頃、もう病気をつのらせて、自ら部屋の柱に頭を打ちつけて死んだのだそうである。  七時といえば私を送り出してから、まだ三時間とたっていない出来事である。世間話のうちにふとこれを伝えてくれた私の知人は、その時いつにない私の驚きに対して、無論寺内氏の死は自殺であるが、正しくは病死と称すべきもので、また既に病死として立派に万事終わっていることを話してくれた。が、私はその瞬間、もう右の病死なるものが、果して真実に病死と称され得るべきものかを疑っていた。

「地図にない街」橋本五郎(青空文庫)

末尾部(原文より)

 あの女が歌舞伎へ連れて行った赤ん坊は、ああ確かに私の子供なのだ。彼等は子供の欲しい一念から、あんな風に私を利用した。利用した果ては殺そうとした。一一一六六六の自動車は、あの不思議な町から久し振りに往来へ出た私を轢き殺そうとした自動車なのだ。運転手の顔は知っている! そしてようやく私があの老人に面会すれば、なんということぞ、彼等はその金と権力を持って、とうとう私をこんなところへ入れてしまった。弁解すれば弁解するほど病人にされる、ぬけることのできないこの地獄へ私を陥れてしまった。ああ誰が、誰がこの私の話を少しでも信じてくれるだろうか。あの子供を、やがての子爵を、私の子供と知ってくれるだろうか――」  割に自由な瘋癲病院の一室で、寺内氏はこれだけの物語を私にしてきかせたのである。氏が自殺したときいて私はこれをまざまざと思い出した。  読者はこの物語を、やはり精神病者の言葉として、少しも信じてはくれないだろうか、考えてはくれないだろうか。

「地図にない街」橋本五郎(青空文庫)

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