押絵の奇蹟(夢野久作)のあらすじ・登場人物
押絵の面影が結ぶ血の因縁
- ミステリ
- 幻想
- 文字数
- 58,753字
- 読了目安
- 約1時間58分
- 表記
- 新字新仮名
- 種別
- 小説
この作品について
夢野久作が1929年(昭和4年)、探偵小説誌「新青年」に発表した中編小説。病床の女性ヴァイオリニスト・井の口トシ子が、同じくヴァイオリニストの菱田新太郎にあてて綴る、長い告白の手紙という形をとる。母が身ごもったときに見つめていた一枚の押絵の美青年――その面影を宿して生まれたトシ子と、なぜか瓜二つの菱田。二人を引き寄せる不思議な因縁と、一族に代々つきまとう病の呪い、そして明かされる血の秘密。遺伝と宿命、清らかな悲恋を、変格探偵小説の名手・久作が幻想的につづった一編である。
あらすじ
丸の内の音楽会で喀血して倒れ、そのまま姿を消した女性ヴァイオリニスト・井の口トシ子は、病床から、同じく血を吐いて入院した青年ヴァイオリニスト・菱田新太郎にあてて、長い告白の手紙を書きつづる。二人は初対面のときから、互いに惹かれ合いながら、どこか運命的なつながりを感じ合っていた。トシ子が語り出すのは、一枚の押絵にまつわる数奇な物語である。身重の母が、ある美しい若者を描いた押絵をひたと見つめて過ごしたために、生まれたトシ子はその押絵の面影を宿していた――そして菱田もまた、その同じ押絵に生き写しなのだった。なぜ二人はこれほど似ているのか。なぜ同じようにヴァイオリンを奏で、同じ病に倒れたのか。トシ子は、母の遺した謎めいた最期の言葉をたどるうちに、恐ろしい真実に思い至る。自分と菱田とは、母と、菱田の父との、世にも清らかで悲しい秘めた恋によって結ばれた、血を分けた兄妹なのではないか――。一族に代々つきまとう不治の病の呪いを背負い、許されぬ恋から身を引いたトシ子は、二人の恋がいつまでも気高く清らかであるようにと祈りながら、筆を措く。遺伝と宿命、そして押絵に託された悲恋の幻想を、久作が濃密につづった変格探偵小説の名品である。
登場人物
- 井の口トシ子 病床のヴァイオリニスト。菱田への手紙で、押絵にまつわる自らの出生の秘密を告白する
- 菱田新太郎 青年ヴァイオリニスト。トシ子と瓜二つで、同じ病に倒れる。二人は血を分けた兄妹かもしれない
- トシ子の母 身ごもったとき一枚の押絵の美青年を見つめて過ごし、謎の言葉を残して世を去った
冒頭部(原文より)
看護婦さんの眠っております隙を見ましては、拙ない女文字を走らせるので御座いますから、さぞかしお読みづらい、おわかりにくい事ばかりと存じますが、取り急ぎますままに幾重にもおゆるし下さいませ。 あれから後、お便り一つ致しませずに姿をかくしました失礼のほど、どんなにか思し召しておいでになりますでしょう。どう致しましたならばお詫びが叶いましょうかと思いますと胸が一パイになりまして、悲しい情ない思いに心が弱って行くばかりで御座いました。
「押絵の奇蹟」夢野久作(青空文庫)
末尾部(原文より)
あなたのお父様と、私のお母様の恋は、世にも上なく清浄なもので御座いました。 そうして永久に気高いもので御座いました。 どうぞどうぞお兄さまと私の恋も、そのようにいつまでも気高く、清浄に、悲しくておわりますように……。 思いが乱れまして、もう筆が進みませぬ。お名残り惜しう存じます。 あらあらかしこ 明治三十五年三月二十九日 井の口トシ子より 菱田新太郎様 みもとに
「押絵の奇蹟」夢野久作(青空文庫)
原文を読む
原文は青空文庫で公開されています(アプリからも同じ本文をダウンロードして縦書きで読めます)。