夢野久作の生涯と代表作
脳髄は迷宮
- 生没
- 1889–1936
- 出身
- 福岡県
- 文学史
- 大衆文学
- Wikipedia
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略歴
1889年(明治22年)、福岡市生まれ。本名は直樹、出家後は泰道と称した。玄洋社の黒幕として知られる父・杉山茂丸のもとで育ち、慶應義塾大学在学中に陸軍少尉に任官。禅寺での出家、農園経営、新聞記者、郵便局長など多彩な経歴を経て、1926年(大正15年)、雑誌「新青年」の懸賞に入選した「あやかしの鼓」で文壇に登場した。九州の風土や民間伝承を素材にした怪奇幻想色の濃い作品を次々に発表し、構想十数年をかけた大作「ドグラ・マグラ」(1935年)で、小栗虫太郎「黒死館殺人事件」、中井英夫「虚無への供物」と並び「日本探偵小説三大奇書」の一つに数えられる地位を確立した。1936年(昭和11年)、脳溢血のため47歳で急逝。わずか10年ほどの執筆活動でおよそ200編の作品を残した。
収録作品
- きのこ会議
- 金銀の衣裳
- 創作人物の名前について
- キューピー 1922年(大正11年)11月
- 懐中時計 1923年(大正12年)11月
- あやかしの鼓 1926年(昭和元年)10月
- いなか、の、じけん 1927年(昭和2年)7月
- 猟奇歌 1927年(昭和2年)8月
- 瓶詰地獄 1928年(昭和3年)10月
- 死後の恋 1928年(昭和3年)10月
- 押絵の奇蹟 1929年(昭和4年)1月
- キチガイ地獄 1932年(昭和7年)
- 縊死体 1933年(昭和8年)1月
- ドグラ・マグラ 1935年(昭和10年)1月
- 人間腸詰 1936年(昭和11年)
- 少女地獄 1936年(昭和11年)3月