ドグラ・マグラ(夢野久作)のあらすじ・登場人物

三大奇書の一、狂気の迷宮

作者
夢野久作
発表
1935年(昭和10年)1月
初出
書き下ろし
種別
小説
ジャンル
  • ミステリ
  • 怪奇
舞台
  • 福岡県
文字数
424,800字
読了目安
約14時間10分
表記
新字新仮名

この作品について

夢野久作の代表作にして、日本探偵小説史上「三大奇書」の一つに数えられる長編小説。1935年(昭和10年)、松柏館書店より刊行された。九州帝国大学の精神病科で目覚めた記憶喪失の青年が、自らの正体をめぐる奇怪な事件の真相を探る幻想的な物語で、劇中に長大な論文や記録が入れ子状に織り込まれる特異な構成を持つ。「脳髄は物を考える処にあらず」と説く精神病理学理論や、遺伝によって過去の犯罪が反復されるという「心理遺伝」の思想を軸に、狂気と正気、虚構と現実の境界を揺さぶる、日本幻想文学の金字塔である。

あらすじ

九州帝国大学附属病院の一室で、「私」は自分が何者であるかも思い出せぬまま、壁の向こうから呼びかける少女モヨ子の声で目を覚ます。法医学教授・若林鏡太郎は、「私」がある奇怪な事件の関係者らしいと告げ、既に死去した精神病学教授・正木敬之が遺した膨大な資料――「脳髄論」「心理遺伝論」、そして「ドグラ・マグラ」と題された小説の草稿――を読むよう促す。それらの記録によれば、唐代の祖先・呉青秀が天子を諫めるために妻を絞め殺し、その屍が腐爛してゆくさまを描いたという一巻の絵巻物が呉家に伝わっており、これを見た男は正気を失って女を手にかけるのだという。正木は「心理遺伝」の理論を証明するため、その因縁を現代に再現する壮大な実験を仕組んだのだった。読み進めるうち、「私」自身が呉一郎その人であるのか、あるいは正木の実験の被験者に過ぎないのか、虚実の境が次第に判然としなくなっていく。すべての記録を読み終えた「私」を待つのは、目覚めた時と同じ柱時計の音――物語は解決のないまま、読者を眩暈するような円環の中に置き去りにする。

登場人物

人物相関図

諫言のため新妻を絞め殺し腐乱を描く双生児の姉妹。姉に化けて待つ痴呆と化した義兄を連れて流浪する一千百年前の祖。呪いの絵巻物を遺す姉妹。惨劇を見ても動じぬ姉母。絵巻物を託し息子に絞め殺される母。菩提寺に火を放って焼死する祝言の前夜に絞殺。モヨ子は蘇生する土蔵の窓から惨劇を覗き見る心理遺伝の証明に二十年かけ仕立てる心理遺伝の第一実例に挙げる同窓の同志にして二十年来の仇敵書類を読ませ記憶の回復を促す同一人物なのか最後まで判らないごせいしゅう呉青秀唐・玄宗皇帝に仕えた画家。呉家の祖たいふじん黛夫人青秀の新妻。楊貴妃の侍女であった美女ふんじょ芬女黛夫人の双生児の妹。絵巻物に由来記を残すはちまきぎさく鉢巻儀作解放治療場の患者。博多の筆職人くれちよこ呉千世子一郎の母。刺繍の名手で、つくし女塾を開くくれやよこ呉八代子千世子の姉。呉家の身代を太らせた後家とくらせんごろう戸倉仙五郎呉家の常雇いの老農夫まさきけいし正木敬之九大精神病科教授。自称「キチガイ博士」くれいちろう呉一郎姪の浜の大地主の跡取り。二十歳の秀才くれもよこ呉モヨ子一郎の従妹にして許嫁。十七歳わかばやしきょうたろう若林鏡太郎九大法医学教授。喘息を病む巨躯の男わたし精神病科第七号室の患者。名も過去も失っている
人物の関係を整理した相関図(アプリ収録の図をそのまま掲載しています)

章ごとの「厳選あらすじ」

アプリでは、この作品を次の章立てで詳しく読めます(全文はアプリ内)。

  1. 一 この作品について
  2. 二 主要人物
  3. 三 主要なサブキャラクター
  4. 四 目覚め――第七号室の「私」
  5. 五 標本室と、「ドグラ・マグラ」の原稿
  6. 六 正木博士の遺稿――外道祭文・脳髄論・胎児の夢
  7. 七 空前絶後の遺言書――狂人の解放治療場
  8. 八 呉一郎の二つの発作――母殺しと花嫁殺し
  9. 九 絵巻物の由来――呉青秀と黛夫人
  10. 十 死んだはずの正木博士――WとMの二十年
  11. 十一 千世子の和歌と、一箇月前の号外
  12. 十二 結末――円環する時計の音
  13. 十三 重要な設定と伏線

冒頭部(原文より)

巻頭歌 胎児よ 胎児よ 何故躍る 母親の心がわかって おそろしいのか …………ブウウ――――――ンンン――――――ンンンン………………。 私がウスウスと眼を覚ました時、こうした蜜蜂の唸るような音は、まだ、その弾力の深い余韻を、私の耳の穴の中にハッキリと引き残していた。

『ドグラ・マグラ』夢野久作(青空文庫)

末尾部(原文より)

……ブ――――ン…… 少女浅田シノのグザグザになった後頭部が、黒い液体をドクドクと吐き出しながらうつむいて……。 ……ブ――――ン…… 八代子の血まみれになった顔が、眼を引き釣らして……。 ……ブ――ンブ――ンブ――ンブ――ンブ――ン…… 頬を破られたイガ栗頭が……眉間を砕かれたお垂髪の娘が……前額部の皮を引き剥がれた鬚だらけの顔が……。 私は両手で顔を蔽うた。そのまま寝台から飛び降りた。……一直線に駆け出した。 すると私の前額部が、何かしら固いものに衝突って眼の前がパッと明るくなった。……と思うと又忽ち真暗になった。 その瞬間に私とソックリの顔が、頭髪と鬚を蓬々とさして凹んだ瞳をギラギラと輝やかしながら眼の前の暗の中に浮き出した。そうして私と顔を合わせると、忽ち朱い大きな口を開いて、カラカラと笑った……が…… 「……アッ……呉青秀……」 と私が叫ぶ間もなく、掻き消すように見えなくなってしまった。 ……ブウウウ…………ンン…………ンンン…………。

『ドグラ・マグラ』夢野久作(青空文庫)

名文

胎児よ 胎児よ 何故躍る 母親の心がわかって おそろしいのか

全篇の冒頭を飾る不気味な巻頭歌。母胎の記憶をめぐる呪術的な問いが、三大奇書と呼ばれる迷宮への扉を開く。

ブウウ――――――ンンン――――――ンンンン………………。  私がウスウスと眼を覚ました時、こうした蜜蜂の唸るような音は、まだ、その弾力の深い余韻を、私の耳の穴の中にハッキリと引き残していた。

時計の音から目覚める本文の語り出し。記憶を失った「私」が精神病院で自分を探し始める、迷宮への入口。

原文を読む

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