悠々荘(芥川龍之介)のあらすじ・登場人物
荒れた別荘の持ち主探し
- ミステリ
- 文字数
- 1,750字
- 読了目安
- 約4分
- 表記
- 新字新仮名
- 種別
- 小説
この作品について
芥川龍之介の短編。十月の午後、三人の男が松林の小みちを歩き、荒れた別荘「悠々荘」に入って、窓の薬壜や納屋の石膏像などの手がかりから、住んでいた人物を推理しあう。事件が起きるわけではなく、残された物からの推理と、荒れた別荘の気配が中心である。末尾に大正15年10月26日と鵠沼の地名が記されている。昭和2年1月の「サンデー毎日」に掲載された。
あらすじ
十月のある午後、「僕」とSさん、T君の三人は、松の中の小みちを話しながら歩き、苔のついた門柱に「悠々荘」の標札のある別荘に入る。僕は主が震災以来来ていないのだろうと言うが、T君は萩の刈り込みから去年まで来ていたと反論し、庭の土も壁土ではなく園芸用の腐蝕土だと言う。窓かけの隙間から、窓の框に沃度剤の薬壜が二本並んでいるのを見つけたSさんは、主は肺病患者だと推理する。裏の納屋では、頭や腕のない石膏の女人像、ストーブ、机、蘭のコルク板、月経帯の缶などが見つかり、三人は、主が肺病になって園芸を楽しみ、去年あたり亡くなったのだろうとまとめる。玄関に戻ったベルを、僕は鳴らす気にはなれず、三人は荒れた庭を眺めたまま、しばらく黙って佇む。
登場人物
- 僕 語り手
- Sさん 西洋から帰ってきた友人
- T君 観察の鋭い友人
冒頭部(原文より)
十月のある午後、僕等三人は話し合いながら、松の中の小みちを歩いていた。小みちにはどこにも人かげはなかった。ただ時々松の梢に鵯の声のするだけだった。 「ゴオグの死骸を載せた玉突台だね、あの上では今でも玉を突いているがね。……」 西洋から帰って来たSさんはそんなことを話して聞かせたりした。 そのうちに僕等は薄苔のついた御影石の門の前へ通りかかった。石に嵌めこんだ標札には「悠々荘」と書いてあった。が、門の奥にある家は、――茅葺き屋根の西洋館はひっそりと硝子窓を鎖していた。僕は日頃この家に愛着を持たずにはいられなかった。それは一つには家自身のいかにも瀟洒としているためだった。しかしまたそのほかにも荒廃を極めたあたりの景色に――伸び放題伸びた庭芝や水の干上った古池に風情の多いためもない訣ではなかった。
「悠々荘」芥川龍之介(青空文庫)
末尾部(原文より)
T君は階段を上りながら、独言のようにこう言った。 「このベルは今でも鳴るかしら。」 ベルは木蔦の葉の中にわずかに釦をあらわしていた。僕はそのベルの釦へ――象牙の釦へ指をやった。ベルは生憎鳴らなかった。が、万一鳴ったとしたら、――僕は何か無気味になり、二度と押す気にはならなかった。 「何と言ったっけ、この家の名は?」 Sさんは玄関に佇んだまま、突然誰にともなしに尋ねかけた。 「悠々荘?」 「うん、悠々荘。」 僕等三人はしばらくの間、何の言葉も交さずに茫然と玄関に佇んでいた、伸び放題伸びた庭芝だの干上った古池だのを眺めながら。
「悠々荘」芥川龍之介(青空文庫)
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