日本に於けるクリップン事件(谷崎潤一郎)のあらすじ・登場人物
日本で起きたクリップン事件
- ミステリ
- 文字数
- 10,290字
- 読了目安
- 約21分
- 表記
- 新字新仮名
この作品について
実在の犯罪をめぐる犯罪評論。1927年(昭和2年)1月、雑誌「文藝春秋」に発表された。無線電信によって逮捕された最初の犯罪者として知られる英国のクリップン事件を導入に、女に虐げられることを喜ぶ男がなぜ妻を殺すに至るのかを論じ、日本で起きた類似の事件へと筆を進める。犯罪に注がれた谷崎の関心が、探偵小説とは別の形で結晶した一篇。
あらすじ
一九一〇年二月、英国のホーレー・ハーヴィー・クリップンは、渇仰の的であった女優の妻コーラを殺した。妻は浮気で贅沢で、夫を女王のごとく頤使する女であった。五箇月半の後、地下室の煉瓦の下から首と手足のない胴体が発見される。彼は無線電信によって逮捕された最初の犯罪者となった。谷崎はここから筆を起こし、女に虐げられることを喜ぶ男が、なぜかえって残酷な犯罪に引き込まれるのかを説き明かす。人形として愛でた相手に飽きたとき、彼は嫌悪を堂々と表白できないがゆえに、陰険な方法を選ぶほかなくなるのだ。そして日本にも、同じ構造を持つ事件があった。
登場人物
- ホーレー・ハーヴィー・クリップン 一九一〇年に妻を殺した英国の男。無線電信で逮捕された最初の犯罪者
- コーラ クリップンの妻。ベル・エルモーアの舞台名を持つ女優
- エセル・ル・ネーヴ クリップンが情婦としていたタイピスト
冒頭部(原文より)
クラフト・エビングによって「マゾヒスト」と名づけられた一種の変態性慾者は、いうまでもなく異性に虐待されることに快感を覚える人々である。従ってそういう男は、――仮りにそれが男であるとして、――女に殺されることを望もうとも、女を殺すことはなさそうに思える。しかしながら、一見奇異ではあるけれども、マゾヒストにして彼の細君または情婦を、殺した実例がないことはない。
「日本に於けるクリップン事件」谷崎潤一郎(青空文庫)
末尾部(原文より)
彼は何よりもそこから発する香水の匂いを怖れた。それはコティーのパリスであって、死んだ女の体臭といってもいいくらい、彼女に特有な匂いであった。その人形を粉々にするには、もう一度彼女を殺す胆力を要した。しかも今度は自分の手を以て、直接にその事をしなければならない。――彼は慌てて行李の蓋を締めてしまった。 犯罪が発覚した当時、彼は大阪のカフェエ・ナポリの踊り児と同棲していた。即ち日本のクリップンにもエセル・ル・ネーヴがあったのである。
「日本に於けるクリップン事件」谷崎潤一郎(青空文庫)
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