島原心中(菊池寛)のあらすじ・登場人物
心中の生き残りを問う若き検事
- 社会
- 心理
- 文字数
- 14,293字
- 読了目安
- 約29分
- 表記
- 新字新仮名
- 種別
- 小説
- 舞台
- 京都府
この作品について
菊池寛が大正半ばに発表した短編。新聞小説の筋に法律上の罪を組み込もうとした小説家の「自分」が、中学時代の旧友で、京都で検事をつとめた弁護士の綾部を訪ね、その経験談を聞くという枠をもつ。物語の大半は綾部の語りで、検事になって間もない頃、京都の遊廓島原で起きた心中の現場へ臨検に出向いた日のことが語られる。綾部は、小説や芝居で知る華やかな島原を思い描いて出かけるが、目にしたのは朽ちかけた建物の並ぶ色街だった。生き残った若い職人を尋問し、自殺幇助の有無を確かめる場面が、検事の話術とともに細かく再現される。法律の目で見た事件と、人の情けとの食い違いが描かれる。
あらすじ
新聞小説の筋を考えていた「自分」は、京都の地方裁判所の検事から東京の法律事務所に移った旧友綾部を訪ね、犯罪の設定を相談する。綾部は、もっと法律にかかわる事件を書いてほしいと言って、検事時代の話を始めた。大学を出て間もない十一月、綾部は島原の心中の臨検を命じられる。廓はさびれ、楼は醜悪な安普請で、梯子段を上ると廊下に女の死体が倒れていた。女は十年近く勤めても借金の年季が明けない二十九の錦木、相手は徴兵の入営をひかえた西陣の職工で、喉の傷は致命傷ではなかった。綾部は自殺幇助の有無を確かめるため、傷に苦しむ若者を尋問する。若者は女が自分で突いたと言い張るが、綾部は、女が苦しんでいれば手を添えてやるのが人情で、それが人間として美しいことではないかと誘い、ついに短刀の柄を一緒に押してやったと自白させる。兵隊に行くのが嫌だったことも打ち明けさせ、綾部は獲物を射落とした猟人のような得意を感じた。ところが女の解剖を見るうち、瘠せ衰えた体が十年の悲惨を物語り、死をもって逃れるのは当然だと思えてくる。尋問の手段として口にした自分の言葉が胸に跳ね返り、若者を罰する法律に疑いが湧く。帰りぎわ、楼のお主婦が借金のかたに死体の指輪を取ってよいかと尋ね、綾部はそれを十円で買い取って錦木の指に戻し、二度と取るなと言いつけて楼を出た。
登場人物
- 自分 新聞小説の筋を考えている小説家
- 綾部 自分の中学時代の友人。もと京都の検事で、いまは東京の法律事務所に勤める
- 錦木 島原の娼妓。十年近く勤めて年季が明けない
- 若者 西陣の職工。入営をひかえている
- お主婦 心中のあった楼の女主人
冒頭部(原文より)
自分は、その頃、新聞小説の筋を考えていた。それは、一人の貧乏華族が、ある成金の怨みを買って、いろいろな手段で、物質的に圧迫される。華族は、その圧迫を切り抜けようとしてく。が、いたため、かえって成金の作っておいた罠に陥って、法律上の罪人になるという筋だった。 自分は、その華族が、切羽詰って法律上の罪を犯すというところを、なるべく本当らしく、実際ありそうな場合にしたかった。通俗小説などに、ありふれたような場合を避けたかった。
「島原心中」菊池寛(青空文庫)
末尾部(原文より)
僕は、僕の後から、僕が何をするのだろうと、おずおず見に来たお主婦に叱りつけるようにいったのです。 『いいかい。この指輪は、錦木のものじゃない。俺のものだぞ。もし今度この指輪を取ると、ひどい目にあうのだぞ』 僕は、お主婦が何か畏っていっているのを聞き流して、梯子段を降りたのです。 僕は、俥に乗ってから、立会いの警部や刑事の手前、自分の最後の行動が、突飛であったことを後悔したのです。が、後で悔いはしたものの、あの場合の僕は、ああした行動をするような、不思議な興奮に囚われていたことは事実です」
「島原心中」菊池寛(青空文庫)
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