二癈人(江戸川乱歩)のあらすじ・登場人物
夢遊病の懺悔話に潜む罠
- ミステリ
- 心理
- 文字数
- 11,388字
- 読了目安
- 約23分
- 表記
- 新字新仮名
- 種別
- 小説
この作品について
冬の温泉場で、戦争で顔に傷を負った客と、若隠居のあるじが身の上を語り合う短編。「新青年」1924年6月号に発表。あるじが打ち明けるのは、学生時代の夢遊病と、二十年前の下宿の老主人殺しをめぐる懺悔話である。語られた過去をどう受け取るかで、話の景色が変わる。会話を中心に進む、乱歩の初期短編の一つ。
あらすじ
穏やかな冬の温泉場の午後、青島戦の傷で顔が引きつった斎藤氏と、同じ湯治場に暮らす井原氏が茶を飲みながら語り合う。斎藤氏の戦争の話に続いて、井原氏が自分の懺悔話を始める。学生時代、井原氏は友人の木村から、夜中に議論をふっかけに来たと言われて夢遊病を疑うようになる。以後、他人の時計が枕元にあったり、墓地をさまよったりと、発作の証拠が重なり、学内でも噂になる。そして半年余りたったある朝、下宿の老主人が絞殺され、債券や株券が盗まれたことが知れる。井原氏の部屋の風呂敷包みには盗まれた品が入っており、現場にあったハンカチも彼のものだった。自首した井原氏は、夢遊病の証明などによって無罪となったが、一生を棒にふり、二十年間若隠居として暮らしてきた。話を聞き終えた斎藤氏は、発作を目撃した人が少ないことなどを指摘し、すべては友人の木村が仕組んだ手品ではないかという推理を語る。井原氏は青ざめ、斎藤氏が逃げるように去ったあと、あの男こそ木村ではないかと悟る。しかし証拠はなく、復讐もできない。井原氏は木村の機智を憎むよりむしろ讃美しないではいられなかった。
登場人物
- 井原 温泉場に暮らす若隠居。学生時代に夢遊病だと信じ込んだ
- 斎藤 戦争の傷で顔を損なった湯治客
- 木村 井原の学生時代の友人。最初に夢遊病を指摘した
冒頭部(原文より)
二人は湯から上って、一局囲んだ後を煙草にして、渋い煎茶を啜りながら、何時の様にボツリボツリと世間話を取交していた。穏かな冬の日光が障子一杯に拡って、八畳の座敷をほかほかと暖めていた。大きな桐の火鉢には銀瓶が眠気を誘う様な音を立てて沸っていた。夢の様にのどかな冬の温泉場の午後であった。 無意味な世間話が何時の間にか懐旧談に入って行った。客の斎藤氏は青島役の実戦談を語り始めていた。部屋のあるじの井原氏は火鉢に軽く手を翳しながら、黙ってその血腥い話に聞入っていた。幽かに鶯の遠音が、話の合の手の様に聞えて来たりした。昔を語るにふさわしい周囲の情景だった。
「二癈人」江戸川乱歩(青空文庫)
末尾部(原文より)
「顔かたちこそまるで変っているが、あいつは、あいつは……だが仮令あの男が木村自身だったとしても、俺は何を証拠に復讐しようというのだ。俺という愚かものは、手も足も出ないで、あの男の手前勝手な憐憫を有難く頂戴するばかりじゃないか」 井原氏は、つくづく自分の愚かさが分った様な気がした。と、同時に、世にもすばらしい木村の機智を、悪むというよりは寧ろ讃美しないではいられなかった。
「二癈人」江戸川乱歩(青空文庫)
原文を読む
原文は青空文庫で公開されています(アプリからも同じ本文をダウンロードして縦書きで読めます)。