豹(山本周五郎)のあらすじ・登場人物
逃げた豹の噂と闇の廊下
- 心理
- ミステリ
- 文字数
- 6,621字
- 読了目安
- 約13分
- 表記
- 新字新仮名
- 種別
- 小説
- 舞台
- 兵庫県
この作品について
山本周五郎が1933年(昭和8年)、「アサヒグラフ」に発表した短編。須磨の閑静な住宅地に、逃げ出した豹の噂が流れる。そんな折、正三は闇の廊下で思いがけぬ出来事に遭う。妖しくも不穏な心理を、鋭く切り取った一編である。
あらすじ
月見山で電車を下りると、いつもひっそりしている道に、ざわざわと人の動く気配があった。正三が山手へ登っていくと、「薔薇屋敷」と呼ばれる音楽家の邸の門前にも、若い妻君を中心に近所の婦人たちが集まって、ひそひそと話している。「宅では拳銃の弾丸を買いにやりました」——どうやら、どこかから豹が逃げ出したらしい。だが、正三をとらえていたのは、そんな逃げた獣のことではなかった。須磨の家に滞在する正三と、その嫂(兄嫁)——闇の廊下で、正三の唇の上に押しあてられたもの。物語の結び、「裏で物音がしたんです、豹じゃないかしらん?」という嫂の韻の深い声を聞いて、正三はぞっとする。豹はすでに数時間前に射殺されていたことを、彼女は知っていたはずではないか。射殺された獣よりも、もっと身近に——闇の廊下で自分の唇に押しあてられたもののほうが、「豹の正体」だったのだ。悪寒を感じた正三は、その日の午後、須磨の家を発って東京へ帰る。妖しくも不穏な心理を、鋭く切り取った、山本の短編である。
登場人物
- 正三 須磨の家に滞在する男
- 嫂 正三の兄嫁
冒頭部(原文より)
月見山で電車を下りると、いつもひっそりしている道の上に、ざわざわと人の動くのが見えた。正三はべつに気にもとめず、山手のほうへ大股に登っていくと、空地の角にある音楽家の住居で、近所から薔薇屋敷と呼ばれている邸の門前にも、音楽家の若い妻君を中心に付近の婦人たちが四五人集まって何かひそひそ話している。
「豹」山本周五郎(青空文庫)
末尾部(原文より)
それにしてはそのときすでに彼女は、数時間前に豹が松風村雨堂の付近で射斃されたことを知っていたはずではないか。正三は悪寒を感じたように、唇を噛みしめながら立って部屋へ戻った。そして射斃された獣よりも、もっともっと身近に、闇の廊下で自分の唇の上に押合わされたもののほうが、豹の正躰であったのだと知った。その日の午後、正三は須磨の家を立って東京へ帰った。
「豹」山本周五郎(青空文庫)
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