アプリで読む

無料・登録不要

湖畔(久生十蘭)のあらすじ・登場人物

貴様の母を手にかけ自訴して出た

  • ミステリ
  • 心理

久生十蘭 1937年(昭和12年)5月 「文藝」

文字数
24,107字
読了目安
約48分
表記
新字新仮名
種別
小説
舞台
  • 神奈川県

この作品について

1937年(昭和12年)、「文藝」に発表された久生十蘭の代表的短編。「この夏、拠処ない事情があって、箱根蘆ノ湖畔三ツ石の別荘で貴様の母を手にかけ、即日、東京検事局に自訴して出た」——旧大名の家に生まれた男が、二歳にならない息子に宛てて書き残した長い手記という形をとる。厳格な父に育てられ、決闘で顔に醜い傷を負い、猜疑心と虚飾に縛られた半生。唯一その顔を恐れなかった少女を妻に迎えながら、なぜそこまで行き着いたのか。冷静きわまる文体で語られる。

あらすじ

俺は慶応二年、長坂松山城内に生まれた——旧大名家の当主である「俺」は、息子に宛てた手記に半生を書き記す。英国流の貴族に仕立てようとする父に鞭打たれて育ち、好学を装って辻褄を合わせる不誠実な性情を身につけた。十九で英国に渡り、放蕩無残な生活を送ったが、猛々しい面相と陰鬱な態度のために誰からも愛されず、娼婦の中にすら真実を追い求めていた。巴里で決闘に応じ、怯えて首を傾けたために弾丸は右の顳と耳殻を砕き、顔に醜い瘢痕が残る。虚飾家の彼にとってそれは耐えがたい痛事だった。帰国後、箱根蘆ノ湖でボートを漕ぐ十八の少女・陶に出会う。彼女だけが彼の傷を「凛々しくてお立派にさえ見えます」と言った。二人は結婚し、湖畔に別荘を建てる。だが彼は猜疑心から陶を華族の妻に作り変えようと厳しく規律し、愛情を示すことを面映ゆがって粗暴にふるまった。やがて陶は箱根で下品な文士たちと乱れた日々を送るようになり、そして事件が起きる。自訴し、精神耗弱で放免された彼は、失踪を決意して筆を擱くのだが——。

登場人物

冒頭部(原文より)

 この夏、拠処ない事情があって、箱根蘆ノ湖畔三ツ石の別荘で貴様の母を手にかけ、即日、東京検事局に自訴して出た。  審理の結果、精神耗弱と鑑定、不論罪の判決で放免されたが、その後、一ヵ月も経たぬうちに、端無くもまた刑の適用を受けねばならぬことになった。

「湖畔」久生十蘭(青空文庫)

末尾部(原文より)

 下から見あげると、高木は俄に白髪の増えた顳を銀色に光らせ、観念したような、どこか仔細らしい顔をしてぶらさがっている。骨折が劇しかったので、なにか立派な芸術品でも仕上げたような満足を感じ、俺は懐手をしながら、一刻ぼんやりと眺めておッた。

「湖畔」久生十蘭(青空文庫)

名文

この夏、拠処ない事情があって、箱根蘆ノ湖畔三ツ石の別荘で貴様の母を手にかけ、即日、東京検事局に自訴して出た。

久生十蘭『湖畔』の書き出し。父が息子へ宛てた手記の形で、妻を手にかけたという告白からいきなり始まる、凄みのある冒頭。

骨折が劇しかったので、なにか立派な芸術品でも仕上げたような満足を感じ、俺は懐手をしながら、一刻ぼんやりと眺めておッた。

『湖畔』の結び。身代わりの死体を林の奥に吊るし終えた「俺」の、不気味なほど落ち着いた満足で物語が閉じられる。

原文を読む

原文は青空文庫で公開されています(アプリからも同じ本文をダウンロードして縦書きで読めます)。

青空文庫の図書カード

同じ作家の作品

近い作品