機械(横光利一)のあらすじ・登場人物
疑心暗鬼が渦巻く意識の流れ
- ミステリ
- 心理
- 文字数
- 21,553字
- 読了目安
- 約43分
- 表記
- 新字新仮名
- 種別
- 小説
この作品について
1930年(昭和5年)9月の『改造』に発表された横光利一の小説。翌年、白水社刊の作品集『機械』に収められた。語り手の「私」は、旅先で知り合った婦人の紹介で、小さなネームプレート製造所に住みつく。そこでは金属の加工に劇薬を用い、主人の考案した製法が仕事を支えている。技術を覚えようとする「私」に、職人の軽部は秘密を盗む者ではないかと疑いを向ける。長い段落の中に、主人への好意、同僚への反感、自分の振る舞いへの弁明が切れ目なくつながり、一つの判断に別の考えが重なっていく。工場の人間関係を外から整理するのでなく、それを考えている「私」の言葉そのものを追わせる構成に特徴がある。薬品の刺激や作業の手順と、他人の心を推し量る思考とが同じ文章に入り込み、働く場所の息苦しさを伝える。
あらすじ
「私」は、ネームプレート製造所を営む変わり者の主人のもとに流れ着き、危険な薬品を扱う仕事を引き受けている。同僚の軽部は「私」を主人の秘密を盗みに来た間者だと疑い、常に監視の目を光らせ、時には暴力さえ振るうが、「私」は次第に知識の面で軽部を圧倒するようになる。そこへ別の製作所から屋敷という職人が応援に来ると、今度は「私」と軽部の双方が、屋敷こそが製法の秘密を狙う廻し者ではないかと疑いの目を向けるようになる。互いを疑う視線が絡み合い、誰が味方で誰が敵なのか、何が現実で何が自分の妄想なのかが次第に判然としなくなってゆく。三者の疑心暗鬼が極まったある日、酒を飲んだ翌朝、屋敷が薬品を水と間違えて飲み、死んでいるのが見つかり、「私」は自分こそが手を下したのではないかという疑念からも逃れられなくなる。「誰かもう私に代って私を審いてくれ」――真相を見定める術を失った「私」の独白で、物語は閉じられる。
登場人物
- 私 ネームプレート製造所に流れ着いた語り手。周囲への疑心暗鬼に次第に蝕まれていく
- 主人 製造所の経営者。無邪気で子煩悩だが、どこか常軌を逸した人物
- 軽部 私を主家の間者だと疑い続ける同僚の職人
- 屋敷 新たに雇われた職人。私に疑いの目を向けられ、後に薬品を飲んで死ぬ
冒頭部(原文より)
初めの間は私は私の家の主人が狂人ではないのかとときどき思った。観察しているとまだ三つにもならない彼の子供が彼をいやがるからといって親父をいやがる法があるかといって怒っている。
「機械」横光利一(青空文庫)
末尾部(原文より)
私はもう私が分らなくなって来た。私はただ近づいて来る機械の鋭い先尖がじりじり私を狙っているのを感じるだけだ。誰かもう私に代って私を審いてくれ。私が何をして来たかそんなことを私に聞いたって私の知っていよう筈がないのだから。
「機械」横光利一(青空文庫)
名文
初めの間は私は私の家の主人が狂人ではないのかとときどき思った。
句読点を切りつめた独特の文体で始まる書き出し。ネームプレート製作所の四人の心理が、機械仕掛けのように噛み合っていく。
原文を読む
原文は青空文庫で公開されています(アプリからも同じ本文をダウンロードして縦書きで読めます)。