心理試験(江戸川乱歩)のあらすじ・登場人物
犯罪を企てる心と探る心
- 詳細なあらすじ
- 人物相関図
- ミステリ
- 文字数
- 22,725字
- 読了目安
- 約45分
- 表記
- 新字新仮名
- 種別
- 小説
- 舞台
- 東京都
この作品について
1925年(大正14年)2月の『新青年』に発表された、明智小五郎の登場する短編探偵小説。学資に不自由する秀才・蕗屋清一郎が、知人の下宿にある大金に目をつけ、犯罪を計画するところから始まる。誰が犯人かを伏せて捜す形式ではなく、企てる側の思考を先に示し、調べる側との知恵比べを読ませる構成に特色がある。題名の心理試験は、言葉から何を連想するか、答えるまでにどれほど時間がかかるかなどを手がかりに、隠された心理を調べようとするもの。犯罪心理学への関心を取り込み、理屈を積み上げる青年の内面と、捜査の場で交わされる問答とを重ねて緊張を生む。前月発表の『D坂の殺人事件』とつながる初期の明智もので、人の心を測ろうとする試みと、人間を数値だけでは捉えきれない難しさとを扱っている。
あらすじ
苦学生の蕗屋清一郎は、同級生の斎藤勇から、下宿の家主である老婆が奥座敷の植木鉢の底に大金を隠していると聞き出す。盗むだけでは発覚を免れないと考えた彼は、斎藤も女中も留守の日に老婆を絞め殺し、金の半分だけを奪って残りを鉢に戻す。奪った金を入れた財布は、拾い物として警察に届け出た。ところが死体を見つけた斎藤が残りの金をくすね、容疑者として捕らえられてしまう。確証を得られない予審判事の笠森は、嫌疑者の二人に心理試験を施すことにする。試験の方法を知り抜いていた蕗屋は、訊かれそうな単語を書き出して一週間練習し、あからさまに答えるほうが安全だと見て「植木鉢」には平然と「松」と答えた。結果は蕗屋の潔白を示したかに見えたが、判事から話を聞いた明智小五郎は、危険な語ほど蕗屋の答えがかえって早すぎたことに目をつける。無罪放免の口実で呼び出された席で、明智は事件の部屋の金屏風について何気なく尋ね、蕗屋は二日前に見た六歌仙の絵をよく覚えていると請け合ってしまう。だがその屏風が老婆の家に持ちこまれたのは、事件の前日だった。失言を突かれた蕗屋は、自白の記録に署名捺印する。
登場人物
- 蕗屋清一郎 秀才の苦学生。老婆殺しの完全犯罪を企てる本作の犯人
- 斎藤勇 蕗屋の同級生。無実の罪を着せられそうになる
- 明智小五郎 素人探偵。心理試験の受け答えの矛盾から蕗屋の犯行を見破る
人物相関図
章ごとの「詳細なあらすじ」
アプリでは、この作品を次の章立てで詳しく読めます(全文はアプリ内)。
- 一 この作品について
- 二 主要人物
- 三 主要なサブキャラクター
- 四 計画──植木鉢の底の金
- 五 犯行──六歌仙の屏風と拾った財布
- 六 予審──疑われる斎藤、浮かび上がる蕗屋
- 七 準備──心理試験への「練習」
- 八 試験の結果──判事と明智の対話
- 九 罠──屏風の問い
- 十 結末──署名捺印
- 十一 重要な設定と伏線
冒頭部(原文より)
蕗屋清一郎が、何故これから記す様な恐ろしい悪事を思立ったか、その動機については詳しいことは分らぬ。又仮令分ったとしてもこのお話には大して関係がないのだ。彼がなかば苦学見たいなことをして、ある大学に通っていた所を見ると、学資の必要に迫られたのかとも考えられる。彼は稀に見る秀才で、而も非常な勉強家だったから、学資を得る為に、つまらぬ内職に時を取られて、好きな読書や思索が十分出来ないのを残念に思っていたのは確かだ。だが、その位の理由で、人間はあんな大罪を犯すものだろうか。恐らく彼は先天的の悪人だったのかも知れない。そして、学資ばかりでなく他の様々な慾望を抑え兼ねたのかも知れない。それは兎も角、彼がそれを思いついてから、もう半年になる。その間、彼は迷いに迷い、考えに考えた揚句、結局やッつけることに決心したのだ。
「心理試験」江戸川乱歩(青空文庫)
末尾部(原文より)
「では、蕗屋君、これに署名して、拇印で結構ですから捺して呉れませんか。君はまさかいやだとは云いますまいね。だって、さっき、屏風のことはいつでも証言してやると約束したばかりじゃありませんか。尤も、こんな風な証言だろうとは想像しなかったかも知れないけれど」蕗屋は、ここで署名を拒んだところで、何の甲斐もないことを、十分知っていた。彼は明智の驚くべき推理をも、併せて承認する意味で、署名捺印した。そして、今はもうすっかりあきらめ果てた人の様にうなだれていた。「先にも申上げた通り」明智は最後に説明した。「ミュンスターベルヒは、心理試験の真の効能は、嫌疑者が、ある場所、人又は物について知っているかどうかを試す場合に限って確定的だといっています。今度の事件で云えば、蕗屋君が屏風を見たかどうかという点が、それなんです。この点を外にしては、百の心理試験も恐らく無駄でしょう。何しろ、相手が蕗屋君の様な、何もかも予想して、綿密な準備をしている男なのですからね。それからもう一つ申上げ度いのは、心理試験というものは、必ずしも、書物に書いてある通り一定の刺戟語を使い、一定の機械を用意しなければ出来ないものではなくて、今僕が実験してお目にかけた通り、極く日常的な会話によってでも、十分やれるということです。昔からの名判官は、例えば大岡越前守という様な人は、皆自分でも気づかないで、最近の心理学が発明した方法を、ちゃんと応用しているのですよ」
「心理試験」江戸川乱歩(青空文庫)
名文
蕗屋清一郎が、何故これから記す様な恐ろしい悪事を思立ったか、その動機については詳しいことは分らぬ。又仮令分ったとしてもこのお話には大して関係がないのだ。
物語の書き出し。犯人の動機を「分らぬ」と切り捨て、犯行の手順と心理試験をめぐる攻防に焦点を絞る語り口が、犯人の側から描く倒叙形式の探偵小説の始まりを告げる。
原文を読む
原文は青空文庫で公開されています(アプリからも同じ本文をダウンロードして縦書きで読めます)。