加藤文太郎の生涯と代表作
ひとりで冬山を歩く
- 生没
- 1905–1936
- 出身
- 兵庫県
- Wikipedia
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略歴
1905年(明治38年)、兵庫県美方郡浜坂町(現在の新温泉町)に生まれる。高等小学校を卒業して神戸の三菱の工場に勤め、働きながら兵庫県立工業学校の夜間部で学んで技師となった。六甲山の縦走から登山を始め、山岳会にも属さず、仲間も組まずに単独で山に入る「単独行」を貫く。休日と休暇を工面しては北アルプスの冬山を次々に踏破し、驚異的な健脚から「不死身の加藤」と呼ばれた。1936年(昭和11年)1月、珍しく友人と組んで挑んだ槍ヶ岳の北鎌尾根で吹雪に遭い、30歳で遭難死した。同年、残された山行記録や随想が遺稿集『単独行』として刊行される。新田次郎の小説『孤高の人』のモデルとしても知られる。
収録作品
- 単独行 1936年(昭和11年)