前田普羅の生涯と代表作
立山を詠んだ山岳俳句の人
- 生没
- 1884–1954
- 出身
- 東京都
- 文学史
- 写生派
- Wikipedia
- Wikipedia
略歴
1884年(明治17年)、東京に生まれる(横浜とする文献もある)。本名は忠吉。早稲田大学を中退して横浜の裁判所に勤め、のち報知新聞社の記者となる。1912年から『ホトトギス』に投句して高浜虚子に認められた。関東大震災で家財を失い、1924年に富山へ移って報知新聞富山支局長を務める。立山連峰などの自然に強く影響されて山岳俳句で知られるようになり、1929年に俳誌『辛夷』を主宰した。「雪解川名山けづる響きかな」などの句がある。1954年(昭和29年)没。
収録作品
- 普羅句集 1930年(昭和5年)9月