大塚楠緒子の生涯と代表作

祈りを詠んだ才媛

生没
1875–1910
出身
東京都
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略歴

1875年(明治8年)、東京麹町に東京控訴院長大塚正男の長女として生まれる。本名は久寿雄。佐佐木信綱に和歌を学び、東京女子師範学校附属高等女学校を卒業した。1895年に美学者の小屋保治を婿に迎え、保治は大塚家に入った。和歌や新体詩、小説を発表し、日露戦争中の1905年には、戦地の夫の無事を祈ってお百度を踏む妻の心を詠んだ詩「お百度詣」を雑誌『太陽』に発表する。与謝野晶子の「君死にたまふことなかれ」と並ぶ厭戦の詩として知られる。夫の友人だった夏目漱石とも親交があり、小説『空薫』は漱石の推薦で朝日新聞に連載された。1910年(明治43年)、35歳で死去し、漱石は「有る程の菊抛げ入れよ棺の中」の句を手向けた。

収録作品

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