パラマスの生涯と代表作

生没
1859–1943
出身
ギリシャ

略歴

1859年、ギリシャ西部の港町パトラに生まれる。幼くして両親を亡くし、メソロンギの叔父のもとで育った。アテネ大学で法律を学んだが中退し、新聞や雑誌に寄稿しながら詩を書いた。1886年に最初の詩集を出し、文語ではなく民衆の話し言葉で書く詩を推し進めて、「新アテネ派」と呼ばれる詩人たちの中心となる。1896年、近代オリンピックの第1回アテネ大会のために、作曲家サマラスの曲に詞をつけた「オリンピック讃歌」を書いた。この歌は1958年にオリンピックの公式の歌と定められ、今も開会式などで歌われている。アテネ大学の事務局長を長く務め、ノーベル文学賞の候補にもたびたび挙がった。第二次世界大戦中のドイツ占領下の1943年、アテネで84歳で死去し、葬儀には多くの市民が集まって占領への抗議の場となった。「オリンピック讃歌」の日本語の詞は野上彰が書いている。

収録作品

名文

パラマスの名文