パスカルの生涯と代表作
- 生没
- 1623–1662
- 出身
- フランス
- Wikipedia
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略歴
1623年、フランス中部オーヴェルニュ地方のクレルモン(現在のクレルモン=フェラン)で、税務の役人の家に生まれる。学校には通わず父から教育を受け、早くから数学の才能を示した。16歳で円錐曲線についての論文を書き、19歳で税の計算に追われる父のために歯車式の計算機を考案している。真空の実験や、液体に加えた圧力が全体に等しく伝わる「パスカルの原理」を明らかにし、フェルマーとの文通を通じて確率論の基礎も築いた。1654年の夜に深い宗教的体験をしてからは信仰の道に入り、ポール・ロワイヤル修道院の人々と結んで、イエズス会を批判する『プロヴァンシアル』を書いた。キリスト教を弁護する本を構想して書きためた断片は、1662年に39歳で死去した後、『パンセ』として刊行された。「人間は考える葦である」などの言葉で知られる。日本では島崎藤村が、その言葉を抜き出して訳している。