パスカルの言葉(パスカル)のあらすじ・登場人物
人は考える葦である
- 翻訳
- 文字数
- 2,960字
- 読了目安
- 約6分
- 表記
- 旧字旧仮名
- 種別
- 随筆
この作品について
パスカルの遺稿集『パンセ』から、島崎藤村が四十ほどの断章を抜き出して訳したもの。冒頭に「ある人のために、パスカルの言葉を抄録する」と断り書きがあり、藤村の感想集『飯倉だより』に収められている。些細なことが人を慰めるわけ、気晴らしに頼りながらそれに煩わされる人間、無知の二つの極、心情には理性の知らない道理があること、そして人間を「考える葦」とする名高い一節などが、藤村の平明な口語の文章で並ぶ。
あらすじ
「ある人のために」抄録したという断り書きに続いて、短い断章が改行で区切られて並ぶ。些細なことが私たちを慰めるのは些細なことが私たちを悲しませるからだ、という言葉に始まり、ソロモンとヨブの対比、智慧は私たちを子供にかえすこと、道理は主人よりも命令的であること、時が悲しみと争いを癒すのは私たち自身が変わるからだ、という観察が続く。隠された善行の尊さ、気晴らしだけが私たちを慰めるのに気晴らしほど煩わしいものはないこと、生まれながらの無知と学び尽くした末にたどり着く無知という知識の両極、疑うべきときと従うべきときを知る必要が語られる。さらに、真の雄弁は雄弁を笑うこと、矛盾は真偽のしるしにならないこと、人は闘うことを好んで勝利を好まないこと、物を判断するには近すぎても遠すぎてもいけないことが述べられ、人は最も弱い葦にすぎないが考える葦である、という一節に至る。心情には道理の知らない道理があること、真理と平和と慈愛の釣り合い、直覚の人と推理の人の違い、人間の偉大さと卑しさの両方を知らせる必要などを経て、鍵の「開く」力と鉤の「引く」力という短い言葉と、その語についての藤村の注で終わる。
冒頭部(原文より)
些細なことが私達を慰める。何故といふに些細なことが私達を悲ませるから。 ソロモンとヨブとは、奈何なる人よりも人間の悲みを知つて居たし、又、語りもした。前者は人として最も幸福であつた。後者は最も不幸であつた。前者は快樂の空しいことを、後者は不幸の實際を、いづれも經驗によつて知つて居た。 私達は毎日食ひ且つ眠ることに疲れない。何故なら、毎日饑と眠氣とが新しくされるから。精神的な事物に對してもそれと同じやうに、饑がなかつたら疲れてしまふ。 智慧は私達を子供にかへす。
「パスカルの言葉」パスカル(青空文庫)
末尾部(原文より)
直覺によつて判斷するに慣らされた人々は理性よりする何物をも解しない。何故といふに、それらの人々は最初の一瞥によつて事物に徹することを欲するから、そして法則を見出すことに不得手であるから。これに反して、法則から推理することに慣らされた人々は直覺よりする何物をも解しないで、そこに法則を求める。そして一瞥して達するといふことが出來ない。 人間といふものの大きいところを知らずに置いて、獸に等しいことをあまりにしば/\知らせるのは危險だ。それと同じやうに、卑しいところをヌキにして大きいところばかりをあまりにしば/\知らせるのも危險だ。 のべつ幕無しの雄辯は疲れる。 鍵の『開く』力と、鉤の『引く』力と。
「パスカルの言葉」パスカル(青空文庫)
名文
些細なことが私達を慰める。何故といふに些細なことが私達を悲ませるから。
『パンセ』から抄録されたパスカルの断章の冒頭。人は些細なことで慰められ、同じ些細なことで悲しむ——という人間の脆さを突く。
智慧は私達を子供にかへす。
短い断章。知恵とは、ものごとを素直に受けとる幼い心に人を連れ戻すものだ、とパスカルは言う。
原文を読む
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