フィリモアの生涯と代表作
- 生没
- 1810–1885
- 出身
- イギリス
略歴
1810年、ロンドンで、教会法の法律家の家に生まれる。ウェストミンスター校とオックスフォード大学で学び、のちの首相グラッドストンとは在学中からの生涯の友となった。教会法や海事、遺言の裁判で弁護士として活躍し、1853年から4年間は下院議員も務めた。1854年から1861年にかけて全4巻の『国際法注解』を刊行し、国家どうしの関係を定める国際法の体系的な研究書として評価される。1867年に海事裁判所の判事となり、およそ400年続いたこの裁判所の最後の判事となった。1881年に准男爵に叙せられ、1885年に74歳で死去。日本では1874年(明治7年)、英学者の柴田昌吉がその国際法の著作から宗教を論じた章を抄訳し、『明六雑誌』に載せている。
収録作品
- 「ヒリモア」万国公法の内宗教を論ずる章(撮要) 1874年(明治7年)4月