末弘厳太郎の生涯と代表作
嘘の効用を説く法学者
- 生没
- 1888–1951
- 出身
- 山口県
- Wikipedia
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略歴
1888年(明治21年)、大審院判事末弘厳石の長男として山口県に生まれる。第一高等学校を経て1912年(明治45年)に東京帝国大学法科大学を優等で卒業し、アメリカ留学ののち東京帝国大学法学部教授となった。民法・労働法を専門としながら、条文の解釈にとどまらず法を生きた社会の事実から捉えなおす法社会学の道をひらき、日本の法学に大きな転回をもたらした。「嘘の効用」「役人学三則」「法学とは何か」など、平明で皮肉のきいた文章でも広く読まれる。労働委員会の中央労働委員会長などを務め、1951年(昭和26年)没。
収録作品
- 法学とは何か 1951年(昭和26年)4月